第10章: 歌い始めた西洋
1932年· ババ 38歳ページ 1,447 / 5,444
食事を済ませると、皆で街を見て回りに出かけた。夕方、クイーンズ劇場へ映画『スキン・ディープ』を観に行った。映画の後、バーバーとマンダリはフェリーで船へ戻った。
翌日、彼らは九龍を車で巡った。そこでデサイ氏の友人ルストム・S・ペストンジに迎えられ、バーバーとマンダリはペストンジの家へ案内された。1時間ほど街を車で巡った後、彼らはカイザール・イ・ヒンド号へ戻り、航海を続けた。
彼らは7月6日午前7時にシンガポールに到着した。タクシーで街を回った後、キャピタル・シネマで映画『ジキル博士とハイド氏』を観に行った。その後、マドラス・カフェで夕食を取り、午後11時に船へ戻った。
シンガポールでもう一日を過ごし、8日にセイロン〔スリランカ〕のコロンボへ向け出発した。9日にペナンに寄港し、バーバーは下船して二つの寺院、すなわち仏陀寺と蛇寺を訪れた。
バーバーとマンダリは7月13日午前8時にセイロンの首都コロンボに到着し、下船してアディ・シニアとナオロジ・ダダチャンジに電報を送った。コロンボでは、彼らはタクシーで街を回った。
二日間の航海の後、バーバーとマンダリは1932年7月15日金曜日午後11時45分にボンベイに上陸した。バーバー、チャンジ、カカ、グスタジ、アディ・ジュニアはバイクラのルストム・バーグにあるナオロジの家へ向かい、ジャルバーイ、ベヘラム、ペンドゥは船で一夜を過ごした。ナシクに滞在していた女性マンダリは、フレイニとマサジとともに列車で到着しており、愛しき主に再びお会いできて大いに喜んだ。バーバーは特にメヘラに会い、自身の世界周遊について話したいと願っていた。
アディ・シニア、ブアサヘブ、ラムジュー、ラオサヘブ、ヴィシュヌもナシクから車で来て、ナオロジの家でバーバーに会った。1グルマイもそこにいた。セーラー、シドゥ、チャガンは翌朝バーバーに会った。バーバーは同じ船でヨーロッパへ戻る予定だったので、その日は男女マンダリ各人に指示を出して過ごした。
脚注
- 1.アディ・シニアは、1932年5月にブアサヘブがペルシアへ帰る意向を表明して以来、ナシクでサークル・シネマを経営していた。
