第10章: 歌い始めた西洋
1932年· ババ 38歳ページ 1,436 / 5,444
性的な魅力だけに基づいた結婚は長続きしません。必然的に離婚、あるいはそれより悪い結末へと至るのです。一方、互いに仕え、霊感を与え合おうとする相互の願いに基づく結婚は、豊かさと美しさの中で絶えず成長し、それを知るすべての人にとって祝福となります。
男女を悟りの高みへと導くためには、私たちは彼らが恐れと貪欲、怒りと情欲を乗り越えられるよう助けなければなりません。これらはみな、自我を限られた、分離した物質的な存在 — 明確な肉体的始まりと明確な肉体的終わりを持ち、他のいのちとは別個の利害をかかえ、保存と保護を必要とするもの — として見なすことから生じるのです。
じつのところ自我とは、限りなく、分かつことのできない霊的本質であり、その本性は永遠で、その資源は無限なのです。人生において可能な最も偉大なロマンスは、無限の変化の只中でこの永遠の実在を見出すことです。ひとたび人がこれを体験すると、生きとし生けるものすべての中に自分自身を見るようになります。あらゆるいのちを自分のいのちとして、すべての人の利害を自分のものとして認識するようになるのです。死への恐れ、自己保存への欲望、物質を蓄えようとする衝動、利害の衝突、阻まれた欲望から生じる怒りが消え去ります。もはや過去の習慣に縛られることなく、未来の希望に揺り動かされることもありません。現在の一瞬一瞬を存分に生き、そして味わうのです。[これを]描き出すのに、映画(モーション・ピクチャー)ほど優れた媒体はありません。
観る人々により大きな理解、より真実な感情、より良き人生への霊感を与える劇は、必ずしもいわゆる宗教と関わる必要はありません。信条、儀式、教義、そして天国と地獄、罪についての慣例的な観念は、真理を歪めたものであり、明らかにし霊感を与えるどころか、人を混乱させ、当惑させるのです。真の霊性は、純粋な愛、無私の奉仕、そして日常生活の最も慎ましやかな状況の中で悟られ、実践された真理の物語においてこそ最もよく描き出されます — それは家庭と職場、学校と大学、スタジオと研究室を通じて多様な表現として放たれ、いたるところに歓びの高み、最も純粋な愛、最大の力を呼び起こし、どこにおいても絶え間ない至福の交響曲を生み出すのです。
これこそが最高の実践性なのです。そのような状況をスクリーン上に描き出すならば、人々は霊的生活とは語るものではなく、生きるものであること、そして私たちが人生の不変の基盤として確立しようとしている平和と愛と調和を生み出すのは、ほかならぬそれのみであることを悟るでしょう。
