第10章: 歌い始めた西洋
1932年· ババ 38歳ページ 1,397 / 5,444
「時代」は太古の御方の父に敬礼を捧げた——「親愛なるシェリアルジよ、世はあなたを永遠に記憶し、あなたの放棄の生涯から教訓を学び取ることでしょう。ペルシアを離れインドへ移り住み、神の声に耳を傾け、アバターの地上の父となられたことによって、あなたのファキリ[托鉢の生]はすべてを得たのです。あなたは生涯を通じて求めてやまなかったその御方を、ついに得られたのです——イェズダン、イェズダン、イェズダン[神、神、神]!シェリアルジよ、あなたに私たちの最も深い敬礼を捧げます。あなたは勝利されました!あなたは救いを得て、すべてを獲得されました!私たちの愛の芳しき花は、あなたの御足のもとに捧げられています!」
ナーシクのブアサヘブからルガーノにも手紙が届き、彼がペルシアへ戻る意向であることを告げていた。ルストムも中国にいたため、バーバーは中国にいるハーバートに電報を打たせ、ヴィシュヌとラオサヘブをナーシクへ送り返してサークル・シネマとサロシュ・モーター・ワークスの運営を手伝わせるよう指示した。バーバーはまた、アディ・シニアに対し、自分とともにアメリカへ行くのではなく、ロンドンからナーシクへ戻るよう求めた。
その晩、一同はスペイン音楽のコンサートへ出かけた。バーバーは音楽と、それに合わせて踊る舞踏者たちを楽しんだ。
1932年5月5日木曜日の午後1時半、彼らはバスでもう一つの遠出に出かけ、カデマリオ村でゲームを楽しんだ。バーバーは上機嫌であったが、ホテルに戻ると、絶え間ない胃の痛みと吐き気を訴えて、夕食をほとんど取らなかった。アディ・シニアとカカは、彼の消化を助けるためにサルサパリラを一本買いに市場へ出かけた。
導師が部屋で休んでおられるときはいつでも、いかなる物音も禁じられていた。メヘル・バーバーが霊的導師として身を立て弟子たちを集めはじめた最初の頃から、夜には常にバーバーの傍らに見張り役が置かれ、わずかな乱れも起こらぬよう監視していた。インドでは初めはベイリー、アルジュン、マサジがこの務めを担い、その後はチャガンが夜の見張り役となった。バーバーが何度も繰り返した旅の間には、マンダリの誰かが夜の見張り役に任じられ、いまその務めを果たしていたのはカカであった。
バーバーの西洋の信奉者たちの中には、導師が夜にいったい眠ることがあるのかどうか、不思議に思っていた者もいたかもしれない。
