第10章: 歌い始めた西洋
1931年· ババ 37歳ページ 1,346 / 5,444
「ええ、おっしゃいました。そして以前にも一度、政治からご引退の後は、私のもとへ来て一緒に滞在してくださると約束されました。」
「ですが闘争が終わった後でなければ。ああ、その日はいつ訪れるのでしょうか」とガンディーはため息をついた。
「ここからはどちらへいらっしゃいますか?」ガンディーは続いてバーバーに尋ねた。「ナシクですか?」
「ええ、ナシクです。」
「では、一つお願いがあります。ナシクで多くの不可触民の方々があなたに会いに来ると承知しています。そこの寺院への入場をめぐって彼らが起こしたこの一切の騒ぎは無益であると、彼らに伝えていただけませんか?アンベードカル博士が自ら彼らの指導者となりました。彼は教育を受けた人物ですが、長年にわたるカースト偏見と制度の欠陥のため、ヒンドゥー社会は彼を励ますことも同情することもなく、締め出そうとしました。そしてこの不当さを正そうと、彼は不可触民の大義のためにこの運動を始め、ヒンドゥー教徒[バラモン]に対する感情を煽ろうとしています。」
ガンディーは続けた。「私は命の尽きるまで不可触民のために戦うつもりであり、不可触民差別の偏見を — 根こそぎ — 一掃したいのです。彼らをヒンドゥー社会と宗教の中で一つにしたいのです[他のカーストと溶け合うように]。しかし彼らは今、政府に分離選挙などを要求し、「不可触民」という別の階級として自らを確立しようとしています。それこそまさに私が無くしたいと思っているものなのです。」
バーバーは答えた。「私のもとを訪れた不可触民とその指導者たちには、すでに助言してあります。彼らには、自らの権利のために非暴力で戦うよう助言するつもりです。バラモンと不可触民、双方の指導者が私のもとへ参ります。」
ガンディーは言った。「だからこそあなたにこのお願いをするのです。彼らはきっとあなたのお言葉に耳を傾け、ご助言に従うはずです。ですから、説いて彼らの心を変えていただけますようお願い申し上げます。大いなる仕事です。アンベードカル博士もきっとあなたのお話に耳を傾けるはずです。」
バーバーはガンディーにそうすると確約した。
バーバーはガンディーを抱擁し、他の政治家たちに敬礼して立ち去った。バーバーと会った翌日、ガンディーとサルダール・パテルはイギリス当局に逮捕され、エラヴァダ刑務所に勾留された。
その後の数年間、1948年にマハトマ・ガンディーが暗殺されるまで、バーバーはチャンジまたはラムジューを特定のメッセージとともにガンディーのもとへ送り続けた。1ガンディーもまたバーバーへメッセージを送り続けたが、二人の間に再び直接の対面が実現することは二度となかった。
脚注
- 1.後の弟子の一人で哲学教授のC・D・デーシュムクも、バーバーからのメッセージを携えて定期的にガンディーのもとへ遣わされた。
