第10章: 歌い始めた西洋
1931年· ババ 37歳ページ 1,297 / 5,444
メレディスは果物が好きで、しばしばバーバーにも食べさせようとした。
しかしバーバーは、「私も、ババジャンも、ウパスニ・マハラジも、サイ・ババも果物は好きではありません。ラーマクリシュナは決して口にしませんでした」と述べた。
メレディスは理由を尋ね、推測して言った。「たぶん導師方は、果物にある最良の性質をすでにご自分の内に持っておられるので、それを食べる必要がないのではありませんか。そうではないでしょうか?」
「そうです」とバーバーは答えたが、果物は健康によく、血にもよいと付け加えた。
10月25日の午後、ペンシオーネ・アゴスティーニにあるエニッドのアパートで茶会をした後、バーバーと同伴者たちは6時40分の列車でミラノを発った。一行は二時間後にジェノヴァに到着し、ミラノ・テルミヌス・ホテルに滞在した。
重要人物のように見せようとして、メレディスは役人やホテルの従業員に、メヘル・バーバーは自分の友人で、チャンジとアガ・アリは自分の個人的な召使いだと言うことがあった。メレディスの振る舞いはバーバーにとって頭痛の種だった。バーバーが身分を隠していたいと思っている時に、メレディスが不必要に人々にバーバーのことを話していたからである。その結果、チャンジは好奇心の強い人々から多くの問い合わせを受け、悩まされた。それでもバーバーは、自分の目的のためにメレディスを用いようとしていたので、彼の振る舞いを容認した。メレディスの連絡を通して、イギリスの幾人かの重要人物がバーバーと接触するようになっていたが、その仕事は今やほとんど完了していた。しかし、それが終わるまでは、メレディスの存在が必要であり、容認された。
10月26日の午後、バーバーを讃えるもう一つの茶会が開かれ、そこでバーバーは数人の誠実で愛情深い地元の帰依者に会った。ダグラスという一人の男はパドリに似ている、とバーバーは述べた。
バーバー、メレディス、アリ、チャンジは、1931年10月27日火曜日の午前10時、ニューヨーク市へ向かうローマ号に乗船した。彼らに与えられた船室、400号室と421号室は狭く不快だった。しかし翌日、ナポリを出た後、外向きの広い二つの船室、272号室と274号室へ移された。メレディスはトロント出身のルイーズ・スキーという若い女性をバーバーに紹介した。ルイーズはバーバーにすっかり心を奪われ、何度も彼の船室を訪れた。
メレディスの厄介な振る舞いに加えて、この旅の間、ときどきアガ・アリも甘やかされた子供のように振る舞った。ある夜、アリは腹を立て、バーバーの船室で騒ぎを起こした。するとバーバーはチャンジをひどく打った!チャンジが打たれるのを見てアリは恐れ、少年は自分の過ちに気づいた。
アリは後悔を示して謝ったにもかかわらず、チャンジは泣き続けた。この出来事からほどなくして、ルイーズがその場に現れた。
