第10章: 歌い始めた西洋
1931年· ババ 37歳ページ 1,293 / 5,444
チャンジは涙をあふれさせ、かつてないほど泣き、自分の運命を呪い、メヘル・バーバーに従ったことを自分で責めた。
バーバーはいったん去ったが、しばらくしてチャンジの部屋へ戻り、彼を落ち着かせようとして言った。「私があなたをこのように扱うのには理由があると、知らないのですか?」
チャンジは泣き続けた。「もう耐えられません、バーバー。毎日こんなふうなのですか?どうか私に少し慈悲をおかけください!私は耐えられません!」
バーバーは言い返した。「これが慈悲です。これが私の恩寵です。さあ落ち着いて、そのことを考えないでください。」
それからバーバーはチャンジを愛情深く抱きしめ、顔を洗うよう指示した。その後、バーバーはタオルで彼の顔を拭いて乾かした。気持ちを取り戻したチャンジは、バーバーに許しを求めた。バーバーはうなずき、ほほえんだ。
このような場面は、メヘル・バーバーと共にいた人々の一人一人に、何度も繰り返された。
イスタンブールでは、「良い少年」を探すことが再び始まった。バーバーは自分の特別な仕事のために、トルコ人の少年を望んでいた。一九三一年十月八日、市内を三日間探した後、一人の若者が見つかった。彼は十六歳の容貌のよい若者で、英語、トルコ語、フランス語、ヘブライ語、ギリシア語を含むいくつもの言語を知っていた。彼の父は輸出入商だった。その少年はバーバーを見るやいなや、強く引きつけられた。彼は階下でバーバーとマンダリと共に夕食を取るよう招かれた。バーバーとマンダリのためには菜食の料理だけが注文されたが、バーバーはルストムに、少年のために肉料理を注文するよう合図した。しかし少年は言った。「バーバーが肉を召し上がらないなら、私も食べません。」バーバーは彼のこの性質を気に入った。
その日ホテルで、マハトマ・ガンディーとの会見の意味について話し合っている時、バーバーは明かした。「ガンディーに鍵を求めさせたのは、導師としての私の力でした。」
二日後、その少年はホルフォンという名の年下の友人を連れて来た。バーバーと二人の少年、ルストム、アリ、チャンジは、アヤソフィアのモスクを見に行った。ホルフォンはバーバーを案内しようとしていたが、彼らが大きいほうのモスクに入る前に、一人のガイドがホルフォンに腹を立て、トルコ語で罵り始めた。彼は警察を呼び、ホルフォンがガイドのふりをしていると訴えた。警官はホルフォンを拘束した。少年が怯えたため、バーバーと一行は彼に付き添って警察署へ行った。
そこで警察には、ホルフォンはガイドとして雇われたのではなく、ホテルで彼らと一緒に滞在している彼らの召使いであり、単に観光に同行しただけだと説明された。
