歌い始めた西洋
1931年· ババ 37歳ページ 1,236 / 5,444
1931年9月2日、バーバーはガンディーを一時間の個人的な面会に呼ぶことに言及した。船は翌朝早くアデンに停泊したが、バーバーは下船しなかった。その日の午後遅く、海上でバーバーが上甲板を歩いていたとき、ガンディーが現れ、遠くからバーバーに気づいた。多くの他の乗客も加わってきたため、バーバー、チャンジ、ルストム、アリはしばらく甲板の人目につきにくい隅へ移った。夕食後、バーバーと一行は再び三十分ほど上に上がり、その後バーバーは夜を過ごすため船室に退き、チャンジは日記を書くため図書室へ行った。
その晩、ガンディーは乗客の一団に祈りの意義について講演し、ルストムも聴衆の中にいた。ガンディーは、祈りが自分の人生でいかに重要な役割を果たしているか、またそれがどのように心の平安をもたらしたかを説明した。ガンディーは、世界の三人の偉大な教師、すなわち仏陀、イエス、ムハンマドが、「彼らは祈りを通して光明を見いだし、それなしには到底生きられなかったという、疑いようのない証言」を残したと主張した。
ガンディーのこの発言は、後にチャンジとルストムの間で長引く議論を引き起こした。二人はその問題をバーバーに持ち出し、ガンディーがイエスやムハンマドのような導師たちも時には神に「祈った」と述べた、と言った。
バーバーは答えた。
ガンディーのような人々がこのようなことを誤解しても、責めるべきではありません。彼らはアバターについて何も知らないからです。彼らには実際の体験がありません。アバター性が祈りによって達成され得ると言うのは誤解です。彼らは、アバターが神性を顕現する前のニルヴィカルプ・サマーディ [「私は神である」状態] を、祈りを捧げている状態だと受け取っています。そのような考えは、アバターの内なる状態を知らないことから生じるのです。
ニルヴィカルプ・サマーディという神聖な状態に達した後、アバターは第二の神聖な状態であるサハジ・サマーディ [神意識に創造意識を加えたもの] に入ります。このサハジ・サマーディの状態において、アバターは自分自身をすべての人、すべてのものとして体験します。そしてアバターが世界の益のために、彼方の神に祈るとき、それはただ誤解されるのです。アバターは自分自身の純粋さのために祈るのではありません。他者のために祈るのです。彼の祈りはまったく異なります。それは彼自身のためではありません。実のところ、アバター自身こそが「完全となった祈り」なのです。
