第9章: 激動の旅
1931年· ババ 37歳ページ 1,232 / 5,444
8月25日午後4時30分、バーバーはカラチの長官事務所で保証文書を作成し、厳しい表情で、タイプされた保証書にメヘルバン・シェヘリヤール・イラニと署名した。英国政府は知らず知らずのうちに自らの墓穴を掘り、その結果、インドにおける彼らの支配はゆっくりと崩れ始めた。
バーバーはカラチの親しい信奉者たち、ナリマン、ピラマイ、バヌ・マシらに別れを告げ、1931年8月26日水曜日、列車でボンベイへ向かい、二日後に到着した。しかし、彼はボンベイで多くの信奉者には会わなかった。ナオロジが駅で彼らを迎え、途中グラント・ロードのタラティ家に少し立ち寄ってから、バイクラにある彼とチャンジの親の家(ルストム・バーグ)へ連れて行った。食事はナオロジの妻バチャマイと妹のメヘラが運んできた。プドゥムジーは同じ日にバーバーに会いに来て、ケー・ジェー・ダストゥールがボンベイにいると報告した。ダストゥールは、バーバーが市内にいて英国へ発つと知らされ、バーバーに会いに来ると言っていたが、バーバーに同行する者たちの中に自分が含まれていないことにひどく心を乱し、姿を見せなかった。
ヴィシュヌとルストムはすでにボンベイにいた。彼らはバーバーに会うためナシクから来るよう知らされていた。チャンジは到着するやいなやルストムに電話をかけた。ルストムと一緒に、グルマイ、フレイニー、スーナマシ、ブアサヘブもいた。チャンジはルストムに、彼がバーバーと数人の者たちに同行して英国へ行くことになったと知らせた。ルストムはすぐに来てバーバーに会うよう言われた。マーカーにも電話がかけられ、バーバーがボンベイに到着したことが知らされた。
バーバーはヴィシュヌに、近く西方へ旅立つことを知らせ、自分がボンベイから出航した後、ナシクの男性と女性の両方のマンダリにそのことを知らせるよう指示した。三日後、バーバーは初めての西方巡行のためインドの岸を離れることになっていた。彼が戻るまでには五か月かかることになる。
時代は、バーバーと彼に同行する数人のマンダリが、秘密裏に海外旅行を計画しているのを見守っていた。なんと胸躍ることだったろう!バーバーの仕事の新しい段階の夜明けが、まさに始まろうとしていた!バーバーは西方の恋人たちに接触しようとしており、時代は期待に落ち着かず、ロード・メヘールが西方世界の大地を聖別するとき何が起こるのか見たくてたまらなかった。
バーバーが旅の準備を終えて出発の日を前に休んでいると、時代はこれまでのバーバーの活動の広がりを振り返った。
