第9章: 激動の旅
1930年· ババ 36歳ページ 1,179 / 5,444
その日の午後、バーバーは給水タンクの第3ホール(東の部屋)で、トゥカラム、アリ・アクバル、カリンガドの三人の少年と共に過ごした。彼らはその部屋で眠ることも許され、バイドゥル、ラオサヘブ、チャガンが夜番を分担した。
バーバーは、自分と選ばれたマンダリが三日後の6月1日に隠遁に入ると発表した。「座すこと」(隠遁にとどまること)を祝うため、翌日は一日中遊戯が催された。
29日、バーバーは午前7時に丘を下り、小屋のベランダでマンダリと会合を開いた。ボマンジには十分な資金が与えられていたにもかかわらず、彼が用意する食事は満足のいくものではなかった。そこで、バーバーの隠遁期間中は全員が牛乳のみで過ごすことに決められた。食事を許された者たちは、一日一回、牛乳とともにパン、あるいはベサン[ひよこ豆の粉のダール]、もしくはチャツネを食すことができた。
バーバーはアディのビュイックに乗って、アフマドナガルにあるカカ・シャハネの家を5分間訪れた。バーバーはカカと、その息子バーバン、そしてジャルバイを連れてメヘラバードへ戻った。
午後にはバーバーが菓子と茶を振る舞った。アジョバ(キリスト教徒の大工)が十数人を超えるアランガオンの少年たちと共に、アランガオンから訪れた。その後、カカ・シャハネとマサジを主将に二つのチームが組まれ、ギリ・ダンダ[インドの伝統的な棒打ち遊び]が行われた。それぞれの側に20名がいた。試合は大いに熱気に包まれて行われ、バーバーが属するチームが勝利した。その後、凧揚げが行われ、バーバー、ベヘラム、アディ・シニア、チャガンの間で凧合戦が繰り広げられ、いくつもの凧が空中で切られた。続いてバーバーは、この三人および何人かの村の少年たちと一緒にビー玉遊びをした。
遊戯の最中、夕暮れ時にヌッセルワンが到着した。バーバーが彼と話し始めると、遊戯は止んだ。三十分にわたり、皆はバーバーの周りに集まり、現下の市民不服従運動、そして世界中、とりわけインドにおける混沌と混乱についてのバーバーの論評に耳を傾けた。
バーバーはヌッセルワンに言った。「あなたは政治活動でこれほどお忙しいにもかかわらず、私に会いに来てくださる。あなたの愛に私はとても喜んでいます。」
インドの独立運動について触れつつ、バーバーは次のような予言的で先見に満ちた言葉を述べた。
これらすべては、誰一人として少しも気づくことのない私の鍵によるものです。そして、将来起こるであろうこともまた、すべて私の鍵によるものです。インド人であれイギリス人であれ、ヒンドゥー教徒であれムスリムであれ、私の目には皆等しいのです。なぜなら、私は皆の内にいるからです。
