第9章: 激動の旅
1930年· ババ 36歳ページ 1,156 / 5,444
3月20日、ガニ・ババは兄弟の説得によりメヘル・バーバーに会うことになった。ガニ・ババは来ることに難色を示していたが、二階へ連れて行かれると圧倒されて非常に敬虔になり、バーバーに礼をした。バーバーは彼にプラサードを与えた。
彼が去った後、バーバーは説明した。「彼のように進歩したサリクたち、特に力を持つ者は、私に近づくことができません。私の力は彼らにとってあまりに強大なのです。彼らの力は取り去られてしまいます。それゆえ、彼らは普通、私のもとへは来ないのです。ガニ・ババは立派な方です。彼は私のことを少し知っています。彼はその列[道の上]にあり、マスタンよりも進歩しています。」1
ルストム、ナオロジ、カカ・バリアはその夜遅くにボンベイから到着した。
1930年3月21日金曜日、バーバーはマンダリ十一人とともにバスでショラプルへ赴き、アンナ104の甥マラヤ・ジャッカルの結婚式に臨席した。バーバーに同行した者の中にはパドリ、ベヘラム、チャガンがいた。チャンジは二人の少年ビワとチャンデルの世話をするためナシクに残るよう命じられ、ルストムは病で床に伏しており、アディとペンドゥもナシクに残った。
翌日、バーバーは新郎新婦を祝福し、集まった数千の人々にダルシャンを授けた。この訪問の独特な点の一つは、結婚式の間バーバーがチャディス(長いボクサー型の下穿き)だけを身につけ、ヨギのように坐したままでいたことであった。
3月23日にショラプルを発ち、バーバーはパンダルプルへ向かい、そこで四時間滞在した。続いてサタラとワイを経由してパンチガニへ向かい、そこで一夜を過ごした。パンチガニでバーバーを迎え入れたのは、ヒンドゥー・ハイスクールの校長でカレママの娘婿ラオサヘブ・M・V・パンディットとその家族で、彼らはバーバーを心から歓迎した。バーバーはパンディットの労を多としてその家族の献身を称えた。バーバーは生徒たちにダルシャンを授け、それから出発した。アフマドナガルでカカ・シャハネを、コパルガオンでヴィシュヌを降ろした後、バーバーは3月25日午後2時にナシクへ戻り、メヘラと他の女性マンダリに会いに行った。
バーバーの帰りを待っていた二人がおり、翌日彼に会った。プーナのアルジュンの兄弟バラ・スペカルと、トカから来たサンニャシのシャンカル・パテである。パテは長い托鉢の旅を続けていたが、今は働くことを望んでいた。バーバーはチャンジに、その件をルストムと相談するよう指示した。ダケ、カレママ、シュロフ、マルキスもバーバーと面会した。アールティはギャス・マンジルで毎晩午後8時に行われ、訪問者も参列を許された。その後、訪問者は退出するよう告げられ、マンダリと少年たちだけの私的な「集まり」(たいていはゲームや音楽など)が開かれた。
脚注
- 1.マストのマスタンは精妙界の境地のいずれかに留まっていた。
