第9章: 激動の旅
1929年· ババ 35歳ページ 1,095 / 5,444
そのことについて触れながら、ジャルバイはマルティ・パティルをからかった。「イスファハーンやヤズドはあまりに寒くて、葡萄酒を飲まないと生きていけないんだぞ!我々もただ生き延びるために、飲んで飲み続けなくちゃならないだろうな!」しかしマルティはジャルバイの言葉を真に受け、厳格なマラーターであった彼は、自分も酒を飲まされることになるのではないかと心配した。
バーバーがそのことを知らされると、こう言った。「気候が厳しく寒くなるのは確かに本当ですが、葡萄酒を飲むことを、なぜ心配なさるのですか。私たちは菜食の食事が手に入らないからといって、肉を食べていますか。[彼らはそうしていなかった。]そのような話はくだらないことです!」
バーバーは男たちにさらに説明しながら、次のように述べた。
葡萄酒は健康にも霊的生活にも、どちらにも良いものです。それは双方にとって陶酔をもたらすものであり、また強壮剤でもあります。葡萄酒を飲んだ後、思いが霊的な進歩に向けられるならば、それは目的(ゴール)に向かう大きな推進力となります。さもなければ、地獄へと導くこともあり得ます。葡萄酒というものは、あなたを最も高い頂きへと引き上げるか、最も深い溝へと落とし入れるか、そのどちらかなのです。
昔 — はるか古代において — 酒を飲む者たちの主な目的は霊的なものでした。当時の求道者たちは葡萄酒だけでなく、大麻、ヘロイン、ハシシ、アヘンをも用いており、サッドグルでさえそれらを用いることがあったほどです。サイ・ババはチルム(煙管)を吸い、ウパスニ・マハラジはビーディー(細巻きタバコ)を吸っていました。しかし結局、その時代には一般の人々が誤った理由でこれらの陶酔物に耽るようになりました。彼らはそれらの正しい用い方を理解することができず、陶酔の影響によって思いが肉欲へと逸らされ、その中でも最悪なのが情欲、すなわち〈道〉における最大の障害でした。
霊的な道において、情欲は最大の障害です。それに関する思いさえも、心に入り込んではなりません。だからこそ私はあなた方にこう申し上げるのです。「ラングーティー[腰布]をしっかりと締めなさい」と。それは、情欲の思いを抱かず、情欲に基づく行いをせず、女性に触れず、ましてや見つめてさえもならないという意味です。情欲はあまりにも強力で、女性をひと目見ただけで思いが生じ、その思いは行為へとつながっていきます。
子供と母親との間の愛をご覧ください。子供は母親の腕の中で遊び、母親に触れても、情欲の思いが少しも生まれないのです。しかし父と母との間では、ほんの僅かな接触でも、彼らの内に情欲の思いを呼び起こすことがあるのです。
数日後、バーバーはラオサヘブにペルシア縦断の旅のためにバスを借りるよう指示した。バーバーと共に一行は14名(少年3名、男11名)で、彼らは国の一方の端からもう一方の端まで — つまり西から東へ — 旅する計画であった。
