第8章: 活動の終息
1929年· ババ 35歳ページ 1,089 / 5,444
それからバーバーは食事をとった。後でディナはバーバーに尋ねた。「どうして誰かが何かに触れたのが分かったのですか?台所で料理されている間、あなたはこちらにいらっしゃいましたのに。」
バーバーは綴り板で言った。「そのような愚かな質問をすることが、あなたにふさわしいでしょうか?もちろん私は知っていました。あのライムが何が起こったかを私に告げたのです。そうして私はそれを知ったのです。」
これを聞いてディナはどっと笑い出したが、それ以後はバーバーの食事を準備する時も命令を遂行する時も、より慎重になった。
メヘル・バーバーがいるという知らせはボンベイ中に広まり、ダルシャンを望む新たな人々が朝から晩までカンディヴリの家へ押し寄せた。チャンジの絶え間ない努力により(当時グジャラート語の新聞で激しく沸き起こっていた反対とは対照的に)、多くのゾロアスター教徒たちがメヘル・バーバーの活動についての真実を知るようになった。大半の者にとっては、バーバーに直接会った瞬間に疑念は払拭された。彼を中傷していた者たちのなかには、彼の確固たる支持者となる者もあった。こうして敵対的な宣伝を広めていた者たちも、実はバーバーの働きを行っていたのである。しかしそうした敵対的な批判に耐えることは、バーバーの初期の信奉者たちにとって困難であった。
「そのような相反する状況を乗り越え、愛の光の輝きを広めることができたのは、アバターのみであった」と「時代」は回顧した。「アバターの働きの物語は、悲しみと喜びの両方からなる物語であり、彼はそれを十字架の上から愛の微笑みをもって世界に捧げるのである。」
ムンシジ、サイヤド・サヘブ、ウスマン・サヘブは14日にカンディヴリへ来て、その夜を過ごした。1
9月15日、毎日続く訪問者の流れが始まる前に、バーバーは早朝に庭を散歩した。彼は二、三度、数分間ほど地面や芝生の上に横になった。ディンショー・マーカーとピラマイがその日面会した。バーバーは午前10時30分まで二階のバルコニーに座り、ムンシジ、サイヤド・サヘブ、グスタジ、ラムジュー、ブアサヘブ、チャンジと共に過ごした。ヴィシュヌが来てチョータ・バーバーおよびジャルバイと共にボンベイへ行く許可を求めると、バーバーはそれを許したが、金を一切使わないようにと告げた。ルストムは同日ナーシクから到着した。
バーバーは訪れた人々に昼食をふるまった後、プドゥムジーの邸宅へ向かい、続いてリクラメーション・グラウンドでクリケットの試合を観戦しに行った。午後4時30分に戻ってくると、家にはダルシャンを求めるさらに多くの帰依者で満ちていた。再びバーバーは皆に夕食をふるまった後、庭園を散策した。
やって来たアンソニー氏という人物に対して、バーバーは語った。「私はひとりで来て、ひとりで去ります。私はすべてです。」
蓄音機のレコードが午後10時30分まで流された。
脚注
- 1.S・M・ウスマンはプーナ・小屋時代の元帰依者で、ラムジューを最初にバーバーへ紹介した人物である。
