第8章: 活動の終息
1929年· ババ 35歳ページ 1,059 / 5,444
不意を突かれたラムジューは、「人間です!」と答えた。するとバーバーは、人間の形態とその属性について次のような談話を語った。
人間の形態は進化における最後の形態であり、最も高い形態です。創造の中で最後にして最も高い形態でありながら、それは依然として、食べること、飲むこと、嫉妬、憎しみ、怒り、欲情といった動物的欲望や低い性質に満ちています。これらの汚点があるのは、人間の形態が創造を経てそこから進化してきたためであり、この進化の過程で、動物にあるあらゆる欠点や欠陥もまた人間の中に持ち込まれたのです。
しかし、それで話が尽きるわけではありません。これらの低い性質と並んで、人間は自らの内に、低い欲望から自らを解き放つことができる能力や、優しさと恵みの属性といった、ある種のより高い天使的な性質をも生み出してきました。普通の人間には、低い動物的性質と、より高い天使的性質とが、ほぼ半々に混じり合っています。悟りに至る前にはその両方が滅せられねばなりませんが、まずは低い性質の方が消え去らなくてはなりません。これら低い性質が消え去って初めて、人は天使的性質においてさらなる前進ができるようになります。やがては天使的性質もまた滅せられ、人は神と一つになります。
ですから人間であるということは、単に最低の動物的性質をいまだ抱えたままの人間の姿で生まれるということだけを意味するのではありません。動物的性質が滅せられ、天使的性質が育まれた人間の姿——それこそが*真の*人間なのです!しかしそれさえも、完全な状態ではありません。天使的性質を最高度にまで発達させたとしても、それでもなお完全なる存在(Perfect Being)とはなりません。天使たちは低い動物的性質から自由であり、神性のより高い性質を備えてはいますが、合一にふさわしい者とならしめるところの愛——神への真の愛——を持ち合わせていません。もちろん天使たちにも愛はありますが、それは天使たちの本性なのです。天使たちには「自然な愛」と呼ぶべきものがあり、それが彼らを人間より高い存在にしています。しかし神への愛を欠いているために、天使たちは神を実現することができません。そのためには、これらのより高い性質を発達させた人間の姿を取らねばなりません。人間の姿においてのみ、彼らは神への愛を生み出すことができ、神-実現の達成にふさわしい資格を得るのです。神の悟りは、人間の姿なくしては決して達成されません。
それからバーバーは再びラムジューに目を向けて手で示した。「さあ、あなたが人間か動物か、私に言ってみてください」
