第8章: 活動の終息
1929年· ババ 35歳ページ 1,055 / 5,444
彼はそれから言った。「もしカシミールで隠遁にふさわしい場所が見つけられなければ、私はここの山へ戻り、にわか作りの小屋に滞在します。マンダリは下の谷にある家に残るのです」
彼らはその日の夕方6時にウリへ到着した。かなり寒かったにもかかわらず、バーバーは一日中コートを身につけなかった。彼はダール[豆のスープ]を作り、一行のひとりひとりに自ら盛り分けた。旅のあいだ、バーバーはふだん身分を隠していたが、ドメルの税関で、パンジャブ人の税関官吏がバーバーに気づき、ダルシャンを受けた。彼には小冊子と『メヘル・メッセージ』が一冊贈られた。
1929年7月30日火曜日の朝7時30分、彼らはウリを発ったが、しばらく走ると、バーバーはパドリに引き返すよう指示した。
ウリへ戻ると、バーバーはパドリに目の見えない少年のそばに停まるよう命じた。その少年は地元の人々から崇められており、彼らは少年を高位の魂であると信じていた。バーバーは慈愛をこめて綿のスカーフを少年の手に置いた。
彼らはそれから出発し、正午を20分過ぎた頃にカシミールのスリーナガル市へ着いた。彼らは市の近くにあるダル湖のハウスボートに滞在した。彼らの宿泊にまつわる経緯は注目に値する。バーバーが到着する前夜、ハウスボートの所有者であるスルターナの4歳の息子が、夢の中で導師を見たのだ。
少年は、バーバーが自分に語りかけるのを聞いた。「私は神であり、明日あなたの町に来て滞在するのです」
翌朝、少年は興奮してこの夢を母親に語ったが、母親はおもしろがって微笑むだけだった。
バーバーが湖に着くと、少年は遠くから彼を見つけ、彼を指さして叫んだ。「あれが昨夜ぼくが夢で見たのと同じ神様です!」バーバーがスルターナの船のそばに停まると、少年の母親は息子の夢のことを彼に伝えた。そこでバーバーは彼らのハウスボートに泊まり、マンダリは近くの別のハウスボートに泊まった。
知らせはたちまち広まり、船頭たちはみなバーバーに会おうと集まってきた。彼らはバーバーに、自分たちのハウスボートに足を踏み入れてくださるよう懇願した。そこでその日、バーバーは多くの船を訪れ、彼らのリーダーであるカリームのハウスボートにしばらく腰を下ろした。カリームは前年、英語の小冊子(ダストゥール著『聖下メヘル・バーバーとメヘラーシュラム』)でバーバーの写真を見たことがあると語った。夜になって、船頭たちは戻ってきてバーバーの周りに坐した。音楽レコードが流され、4歳の少年が踊りを披露した。カシミールの人々はみな、導師と共にあることを喜んだ。
