第8章: 活動の終息
1929年· ババ 35歳ページ 1,054 / 5,444
昼食も夕食も、ホテルのダイニング・ルームでとった。想像のとおり、チャンジが日記に皮肉まじりに書き留めているように、マンダリにとって、格式あるダイニング・ルームに座り、大勢のウェイターに給仕されながら、磁器の皿に盛られたうまい料理をスプーンとフォークで食べることは、いつもの木の下で済ませる粗末な道端の食事とは比べものにならぬ大変化だった!
1929年7月27日土曜日、彼らはラホールを発ってラーワルピンディーへ向かい、午後4時15分に到着したのち、夜を過ごす場所を探すのに数時間を費やした。ダクバンガローはなく、彼らが見た場所はどこも不潔だった。結局、彼らはセライ[隊商宿]で木の下に野宿して夜を過ごした(立派なホテルで二晩を過ごした前日の経験とはまったく逆だった)。マンダリは野外の地面で眠り、バーバーはひとりバスの中で眠った。
翌日ラーワルピンディーを発った彼らは、午後1時にマリーのインペリアル・ホテルで昼食をとるために停車した。彼らはその日の夕方、コハラのダクバンガローに到着した。ヒマラヤ山脈の麓を抜けてコハラへ至る道はずっと上り坂で、運転は遅々として骨が折れた。しかし景色は壮観だった。バーバーと一行は、山にかかる霧を眺めようと幾度となく車を降りた。しかし、ぬかるみにはまったバスを押すために、彼らはほかにも何度か降りなければならなかった。コハラへ着く頃には、男たちはくたくたになっていた。
翌朝早く、彼らは再び出発した。ジェルム川の川岸で、彼らは乞食のように見えるが顔つきは際立って輝いている、すばらしい風貌の老人に出会った。その老人は彼らのバスが通り過ぎると立ち上がり、ひとことも発さずに両手を合わせて礼を捧げた。
バーバーがパドリに指示を与えられるよう、バーバーの客室と運転席のあいだには引き戸の窓が設けられていた。しばらく走った後、バーバーは引き戸の窓から合図を送り、橋の上(道路標識10/9と10/11のあいだ)でバスを停めさせた。
バーバーは車を降り、コートを脱ぐと、周囲の山々や谷々を眺めて言った。「ここはすばらしい場所です。ここには道(パス)の風が吹いているのです!」
バーバーは近くの流れに行き、両手を流れる水に浸して、数口を飲んだ。
