第8章: 活動の終息
1929年· ババ 35歳ページ 1,044 / 5,444
心はマーヤーに捕らえられ、解放されることを望みません。それゆえ功徳を得ようと、雇われた祈りが捧げられているのです。これがいかなる功徳ある行為や徳をもたらすことができましょうか?
もし神を念じたり、神に礼拝を捧げたりしたいのであれば、あなたの胸と心の全てを尽くし、誠実かつ忠実にそれを行ってください。たとえ毎日ほんの数分間しか神を念じたり、神に祈ったりできずとも、真摯に行ってください。何時間も続けて囀(さえず)るのに比べれば、真摯な二分間の祈りの方がより大きな効果があります。それは直ちに神の耳に届きます。その理由は、神は常に胸の声に耳を傾けているからです。
1929年7月13日土曜日、チョタ・バーバーがラオサヘブの手助けを得て師に入浴を施した。
翌日、バーバーは新しい短い黒のコートを身につけ、チョコレート色のコートをアリ・アクバルに与えた。その日、パドリはラムジュー、ルストム、フレイニを伴い、新しいバスでドゥリアに到着した。ルストムとフレイニはバーバーと面会した後、その夜にナーシックへ向けて発ち、真夜中までバジャンの歌唱のプログラムが行われた。
カレママとその家族は、バーバーとマンダリの心地よさに細やかに心を配った。家族全員がバーバーの愛に没入し、その生涯を彼に捧げた。カレママの二人の息子、バブーとムルリは、まだメヘラバードにいた。バブーはマンダリの一員として、師と共に永遠に在ることを切望していた。
7月15日午前10時30分、バーバーは新しいバスに乗ってドゥリアを発ち、インドールへ向かった。多くの人々がバーバーの出発を見送りに訪れ、目に涙を浮かべて別れを告げた。
12名の一行のバス内の座席配置は、次の通りであった。
バーバーの特別なキャビンには両側に窓があり、別の扉が付いていた。男たちは後方のベンチに腰を掛けており、その窓にはガラスが無く、キャンバス地のカーテンだけが掛かっていた。ドゥリアを発つ際、バーバーはマンダリに対し、24時間ランゴーティ〔腰布〕だけを身につけるよう命じた。
「そうしない者は」とバーバーは脅すように言った、「バスから降ろされ、路傍に置き去りにされることになります。」
しかし、何人かの男たちがランゴーティを持参していないと言うと、バーバーは彼らを免除した。
一行はその夜9時にカルガートのダクバンガローに到着し、夕食の後に休息を取った。7月16日、お茶の後、朝7時に出発し、インドールに到着した。グスタジの兄弟スラムソンは、以前1928年にメヘラバードに住んでいたが、1月にインドールへ戻っていた。
