第8章: 活動の終息
1929年· ババ 35歳ページ 1,026 / 5,444
1929年にクエッタへ到着した翌日、バーバーはナーヴァスの墓を訪れ、まるで愛する弟子に敬意を表すためにわざわざクエッタへ来たかのようであった。バーバーはナーヴァスの墓石に花を供え、しばらく静かに座っていた。
それから墓地全体を見渡しながら、バーバーは語った。「ここに葬られている者たちは幸運です。ナーヴァスのおかげで、彼らは今日、私に会う機会を得ているのです。」
バーバーはクエッタとその周辺を観光し、夕方に戻った。バーバーの健康は涼しい気候の中で目に見えて良くなったが、依然として胸の痛みに苦しんでいた。
5月21日火曜日、バーバーの指示によりルシは一行のために別の家を借り、そこでバーバーは流動食による断食を始めた。しかしその家はバーバーの隠遁には適さないと判明し、別の場所を探し始めた。
過去の旅で他のマンダリがそうであったように、チャガンもバーバーの叱責の矢面に立たされる存在となった。旅が始まって以来のバーバーの度重なる叱責により、チャガンはますます落ち込んでいった。
5月22日午後3時、バーバーは皆を叱責した。「誰も私の伴侶となってくれません。マンダリは私のことを思ってくれません。私は胸の痛みに苦しんでおり、その上マンダリの機嫌が悪いせいでさらに苦しまねばなりません。誰も私のことを思ってくれず、自分のことだけを考えています。私はもはやこの苦しみに耐えられません。それが私を殺そうとしているのです!あなた方全員が私を殺そうとしているのです!」
それからバーバーはその夜七時まで、四時間ぶっ通しでチャガンとブアサヘブを激しく責め立てた。状況はあまりに辛いもので、一行は次に何が起こるのかと恐れた。
バーバーは叱責の最後にこう述べた。「チャガンが私に何を望んでいるのか、私には分かりません。彼自身が苦しみ、他人をも苦しめます。私の耐えねばならぬ煩いの何と多いことか!私の健康がひどく悪いことは、あなた方も皆ご存じです。それなのに、私はあなた方の機嫌までとらねばなりません。さあ、留まりたければ留まりなさい。そうでなければ、荷物をまとめて出ていきなさい。このような振る舞いは私には耐えられません。」
数分後、バーバーは他の男たちに言った。「私はチャガンをひどく苦しめています。チャガンは一晩中私のそばで番をし、昼に休もうとすると、私はチャガンに眠ることを許しません。チャガンに何ができましょうか?しかし、私に何ができましょうか?私はチャガンが眠ることを好まず、そばにいてほしいと願いますが、眠らずにどうして良い機嫌を保てましょうか?ですから、私たちのどちらにも非はないのです。」
