第8章: 活動の終息
1929年· ババ 35歳ページ 1,025 / 5,444
しかし彼らは、バーバーの苦しみを和らげるために何をすべきか途方に暮れていた。苦痛を和らげるために何かを求める代わりに、バーバーは彼らに町を見物してくるよう指示した。一行はバーバーの奇妙な命令にすっかり面食らい、ためらった ── 誰一人として、危篤状態のバーバーを残して立ち去ろうとはしなかった。
一行の反応を目にして、バーバーはこう述べた。「私の命令に反するあなた方の胸の感情や願いを、常に超え出ているよう、忘れずにいてください。私はあなた方の心(マインド)と胸を粉々に砕かなければなりません!最大の奉仕とは、私に従うことです。私の命令に比べれば、あなた方の考えや感情は何ものでもありません。私の言葉を実行できないのなら、あなた方は私に仕えることはできません。私により大きな苦しみを与えるだけです。」
しぶしぶ、マンダリは沐浴をしに川のほとりへ出かけ、その間バーバーはそこの木陰で休んだ。川で水浴びをし、周囲を見て回ったあと、一行は戻った。それからバーバーは彼らに同行して、インダス川の大規模な建設工事であるスックル堰を見に行った。一行が夜遅くに戻ったときも、暑さは依然として強烈であった。
一行はロフリからクエッタへ向けて出発した。列車は再び混雑しており、ペスは何とか自分たちの客室に押し入らねばならなかった。1ペスは非常に腹を立て、道を譲ろうとしない他の乗客の一人と取っ組み合いになりそうなところまで来ていた。バーバーが間に入ってペスを止めた。
列車が走り出すと、バーバーはペスを叱責した。「他人を征服するのではなく、私たち自身を征服しようと努めなければなりません。他人に手を上げるよりも、私たち自身の怒りに打ちかかる方が望ましいのです。自らの怒りを制御することこそ真の勇気であり、それに振り回されるのは紛れもない弱さです。」
バーバーは冗談めかしてこう述べた。「ロフリの蒸し暑さのようにならず、クエッタの涼しい気候のようになってください。」
バーバーと一行は5月18日土曜日の朝、クエッタに到着した。ルシ・イラニがプラットフォームで一行を出迎え、過去五か月間クエッタに滞在していたペンドゥもそこに居合わせた。バーバーはルシの家に泊まった。そこには愛しいお方の庭の小さな二輪の花、ルシの娘たち、ゴヘルとケイティが暮らしていた。
「私があなた方に会うためにわざわざどれほど遠くから来たか、知っていますか?」とバーバーは二人に尋ねた。「あなた方は何と幸運なことでしょう。」
五年前、バーバーの弟子ナーヴァスは、バーバーがその街を去った後にクエッタで亡くなっていた。しかしバーバーは出発する前にパールシー墓地へと足を運び、ナーヴァスが埋葬されることになる場所に印をつけていた。
脚注
- 1.当時は巡礼の季節であり、ヒンドゥー教徒はリシケシュへ、パンジャーブ人とイスラム教徒はムハンマドの髭の毛が一本納められた聖廟があるロフリへと向かっていた。
