第8章: 活動の終息
1928年· ババ 34歳ページ 1,002 / 5,444
あなた方はこの反対の動きから、大いなる教訓を学ばなければなりません。我々の行いについて欺瞞に満ちた虚言を広め、我々に反対する宣伝を行う者たちが、我々の頼みもしないのに我々の仕事に重きを置いてくれているのだ、ということを学んでください。彼らは我々の大義を広め、我々には到底できなかった仕方で広く宣伝してくれているのです。これが彼らから我々への奉仕なのです。それだけでなく、ありとあらゆる宣伝を続けることによって、彼らは常に私のことを考え、私にこれほど大きな重要性を与えてくれているのです。ですから、彼らのこの没頭はかえって彼ら自身にとって有益なのです。あなた方は好意的な仕方で私に仕え、彼らは敵意ある仕方で仕えていますが、それでもなお仕えていることに違いはありません。このようにして彼らが私のことを思っているのは疑いなく、肝心なのはまさにその点なのです。彼らの視点は異なりますが、考え、自らの見解と意見を表明する権利は彼らにあります。しかし、自分の考えを表す際にあまりにもしばしば舌を抑えられず、その結果、我々を嘲り、中傷することになるのです。
あなた方はそれに憤慨し、これは彼らの弱さだとおっしゃるかもしれません。しかし、もしそう信じていながら、彼らに対して同じく毒舌の態度をとるならば、それはあなた方自身の弱さを露呈することにならないでしょうか。そうなれば、あなた方と彼らの間に何の違いもありません!そしてそれは、私の教え・談話・指示があなた方に何の効果ももたらしていなかったことを示すのです。彼らと比べれば、あなた方の弱さの方が大きいのです。なぜなら、あなた方は私と共に過ごし、私の談話を聞き、私を知っていますが、彼らはそうではないからです。ですから、冷静を保ち、苦難を耐え忍び、寛容でありなさい。彼らを赦し、すべてを忘れなさい。
しかし、マンダリたちは増していく反対に対して、ただ手をこまねいて座っていたわけではなかった。ダストゥールとチャンジは、バーバーを中傷しようとする大佐の運動の影響に対抗するため、精力的に活動していた。彼らは大佐の記事を掲載したさまざまな雑誌、グジャラート語および英語の新聞の編集者宛てに長文の手紙を書き送った。チャンジはバーバーに関するグジャラート語の小冊子まで出版し、その中にはルストムとダウラトマイ(大佐の妹)からの声明が収められ、メヘル・バーバーの使命を明らかにしていた。
八月にアガ・アリと共に連れ去られたもう一人のムスリムの少年は、アフメド・ムハンマドであった。1928年12月28日の日没時、バーバーが地下墓室小屋のそばに座ってマンダリと事柄を議論していたところ、突然アフメドが前に進み出てバーバーに薔薇の花輪をかけた。彼は誇らしげにバーバーの前に立った。この幼い少年は、ボンベイから175マイルの道のりを徒歩で歩き通し、メヘラバードへ戻ってきたのだった。彼は長い旅の間、食べ物もないまま過ごし、道中で数多くの苦難を味わった。
