第7章: トカ
1928年· ババ 34歳ページ 939 / 5,444
彼は、四年前に南インドを徒歩で旅した折に導師から与えられた警告をよく覚えていた。「決してバーバーになってはなりません!」
6月19日、バーバーの座所の近くに、彼が腰かけて自ら揺らすことのできるブランコが据え付けられた。トカへ移って以来、マンダリはバーバーの気分がほとんど絶え間なく変わるのを目にしていた。ある瞬間には満足げに見えたかと思うと次の瞬間には激怒しており、ある瞬間には厳粛であったかと思うと、すぐにいつもの愛想のよい姿に戻っていた。
1928年6月20日水曜日、マンダリはついに入居の準備が整った新しいマカンの宿舎へと移った。ベイリーは彼らの宿舎をこう描写した。「大小の木々の間に、煉瓦と砂で造られた小さな家や大きめの家が点在し、二つか三つの群れに分かれていた。便宜に応じて、五人から七人のマンダリが滞在する家もあれば、十二人から十五人が滞在する家もあった。」バーバーのための煉瓦造りの部屋も建てられていた。
ボーケルはその日、いつもの水曜日の訪問でアンガルと共にやって来た。
夕方、バーバーはマンダリが新しい宿舎へ移ったことを祝して、皆のために茶を出すよう命じた。T・アレクサンダー著『瞑想のひととき (Some Hours of Meditation)』から「導師とその偉大さ」と題された章が朗読された。アンガルがそれをマラーティー語に、ラオサヘブがペルシア語に訳した。それが朗読されている間に、少年の一人アッバス・カーンが(彼自身の言葉によれば)「強烈な光に目がくらんで」倒れ込んだ。
21日、バーバーはトカに移って以来初めて少年たちとクリケットを行った。ダケは妻のカシバイと共に、他の教師たちと一緒の家族用宿舎でトカに暮らしており、マンダリの住居からは少し離れていた。その朝、ヴィシュヌは茶を飲みにダケの部屋へ行っていた。
バーバーは彼らが顔を合わせていたことを知ると、ヴィシュヌとダケを叱責し、続いてマンダリに命じた。「誰も家族用の宿舎にも、女性マンダリの敷地にも立ち入ってはなりません。」
その旨の通知が作成され、皆に読ませるため一人一人に配られた。その日から、メヘルジーとラムジューが午後二時から夜八時まで女性たちの宿舎の近くで見張りをするよう任じられた。
バーバーが女性マンダリを訪れるたびに、プレム・アシュラムの少年たちは彼の後を追い、自分たちの側へ連れ戻そうとした。女性たちにはバーバーと内輪で共に過ごす機会がほとんど与えられていなかったにもかかわらず、少年たちは彼を一人にしようとしなかった。ある日、バーバーが女性たちと共に座っていたとき、少年たちがその場に現れた。
