インドへの旅費、部屋、食事、書籍、制服を含むすべての費用は、無料で提供されることになっていた。
イギリスの新聞に掲載されたメヘル・アシュラムの広告“”ルストムがアメリカへ船出する準備をしていた時、バーバーは一九二八年四月十六日に彼へ電報を打った。「心配しないでください。少年たちを連れて来ないでください。戻って来てください。」
ルストムがこの電報を受け取るやいなや、彼が連絡していた三組のイギリス人の親が、息子を彼と共にインドへ送ることに同意した。しかし今や、バーバーの命令に従い、ルストムは彼らを連れて行くことができなかった。彼はすぐに手紙を書くと約束して、自分の住所を彼らに残した。
ロンドンでルストムに会い、学校にふさわしい生徒を探す手助けをした一人がメレディス・スターで、ルストムは招かれた午後の茶会で彼に会った。メレディスは長年、霊性と東洋神秘主義に関心を抱いており、出席者の中にインドから来た人を見つけると、近づいて話しかけた。ルストムは指示されたとおり、彼にバーバーのことを話した。
メレディスは非常に興味をそそられ、バーバーに会うためインドへ旅したいという望みを表した。その後、メレディス・スターは、ルストムとの出会いと「インドの導師、エム・エス・イラニ」について他の人々に語ったようである。彼が連絡した人々の中に、四十七歳の神秘詩人ジョン・コールドウェル=ジョンストンがいた。ルストムがイギリスを離れる前、彼はコールドウェル=ジョンストンと奇妙な出会いをした。バーバーは後に、彼が進んだ魂であると確認した。ある日ルストムは、自分が求めたこともない面会のためポーツマスへ招く手紙を受け取った。興味を引かれた彼は、ある夕方そこへ赴き、クラレンス・パレード、サーロウ・マンションズ二番地の自宅でジョンストン夫妻に会った。ルストムは、その後に起こったことを次のように述べている。
通常の挨拶が終わると、その紳士は明かりを暗くし、自分のそばにはそのような物が何もないにもかかわらず、まるで無線装置で消息をやり取りしているかのように話し始めた。1低く印象的な調子で、X氏[ジョンストン]は、すでに呆然としていた聞き手を次の言葉でぞくりとさせた。「私は導師を見ている。今、インドは午前二時だ。(ここで彼は、メヘル・アシュラム近くの導師の座をそのまま正確に描写した。)彼[バーバー]の境地にある他の東洋の導師たちは、容易には近づけず、こうした時間に煩わされるのを好まないが、彼はとても愛にあふれた性質のように思える。 私は今、導師に、__が少年たちをインドへ連れて行くことを許さないだろうと伝えたところだ。しかし導師は、この地上に彼の道を妨げられる力はない、と答えた。彼は少年たちを得ることにそれほど熱心ではない。彼は東洋と西洋の間に霊的なケーブルを敷こうとしている。これまでは、東洋は東洋の導師たちが、西洋は西洋の導師たちが見守ってきた。2彼はこの二つの部門を結び合わせたいのだ。そしてそれが、彼があなたをここへ送った理由である。あなたは自分では知らないまま、一種の無線[ラジオ]のつながりを携えており、それはあなたが会うすべての人に影響を与える。」3 バーバーへの贈り物として、ジョンストンは自著『愛しいお方の書』の署名本をルストムに贈った。それにはメヘル・バーバーへ宛てて、次のように献辞が記されていた。