第5章: 沈黙の始まり
1926年· ババ 32歳ページ 687 / 5,444
知識・至福・力の最高の状態は想像を超えた状態であり、これは、あなたが今この私と話し私の声を聞いているという事実よりも一層確かで、印象深く、現実的な事実であり、今この瞬間に私とともにここに在るあなた自身の存在よりも真実なのです。あなたが真実と信じている現在の生と存在の見かけの事実より、その悟りの事実は千倍も真実です。これはあなた方人間には受け入れがたいことですが、実在を体験する私たちにとって、これらはすべて単なる夢にすぎません。そしてこの事実はあまりにも生き生きと完全であり、実際に神と一つになりそれを体験した者は、この口でその体験を描き出すことができないのです。言葉はこの最高の状態を描写するにはあまりに乏しい手段です。しかし、この知識・至福・力を他者に*与える*ことのできる者の力を思い浮かべてみてください!これに加えて、完全なる者である私たちが、完全あるいは真理の属性であるこの最高の知識・至福・力を実際に*玩ぶ*ことができると言ったなら、あなた方はどうお考えになりますか?さもなければ、私たちがどうしてこれらの体験を他者に与えられると思いますか?
あなた方の限られた心が、どうしてこれらすべてを把握し理解できましょうか。これは知性の能力と力を超えているからです。ですから、私たちがどうしてその真理を説明できましょうか?一定の点までしか知識を受け取れない、限られたあなた方の知性に、それをどう説明できましょうか?サッドグルはあなた方の知性を現在の限られた状態から取り出し、無限なものとしなければなりません。要するに、彼はあなた方に悟りの個人的な体験を与えなければなりません。そうすれば、あなた方は即座に理解されます。
私はプラブー[主]です。私は一切の知識-力-至福です。あなた方は私を見、私と語り、私に触れますが、私は無限の中に住まっています。私の状態は言い表しようがありません。
後にバーバーは至福の様々な状態について談話した。
神を実現した魂の至福を人の身体に喩えるなら、ヨーギーの享受はその身体の影のようなものであり、世俗の人が味わう快楽は、水たまりに映ったその影を見るようなものです。ですから普通の人々は、真の至福が何であるかを想像することすらできません!
マジュブには心と身体はありますが、知性と自我がないため、至高の至福を完全に味わいます。ヨーギーには心と身体に加え、知性と自我があるため、完全な至福を味わうことはできません。
