第4章: 旅路
1924年· ババ 30歳ページ 553 / 5,444
その日の夜8時、バーバー、ベフラムジ、パドリ、グスタジはバローダに到着し、再びグジャラート・ヒンドゥー・ロッジに滞在した。サダシヴは列車に残り、まっすぐプーナへ戻った。翌日の午後4時、一行はパヴァガルへ徒歩で向かい、その日の夜9時に山の麓に到着した。
一行は狭いジャングルの道に沿って荷物を運ばねばならず、パドリはバーバーが躓いて転ぶかもしれないと暗にほのめかしながら、グスタジに道案内のためのランタンを灯すよう頼んだ。しかしグスタジは、道を行く他の旅人たちがランタンを持っており、十分な明るさがあるのでケロシン(灯油)を無駄にする必要はないと主張した。彼らが一人の男について行き始めると、その男はさっさと先へ進んでしまい、一行は暗闇の中をよろめきながら進むことになった。パドリは転んで脚を負傷し、その後グスタジに怒りをぶつけた。たまたま通りかかったムスリムの警官が、彼らをダルマシャラへ案内し、一行はそこで一晩休息した。その場所はジャングルの真ん中にあり、野生動物もよく出没するため、警官は夜間は外出せず屋内に留まるよう強く勧めた。
8月29日、一行は午前6時に起き、頂上が濃い霧に包まれた急峻な山をすぐに登り始めた。バーバーは依然として赤痢に苦しみ、粘液状のものを排泄していた。腹痛もあり、それは数分間歩みを止めたときにだけわずかに和らいだ。そのような状態にもかかわらず、険しい山道を登る彼の足取りは一行の中で最も速かった。一行は途中で二度立ち止まり、お茶を飲んだ。ニルギリ丘陵を登った時とは対照的に、ここでは美味しい茶が手に入ったが、バーバーは出発前には飲むことを許さなかった。
3マイル登った後、一行はカーリー神に捧げられたヒンドゥー寺院のある頂上に到着した。年に一度の祭の際には数千人がそこに押し寄せたが、平日の巡礼者数は平均でわずか数十人だった。バーバーとマンダリはカーリー寺院の中に入り、聖なる母の祠にお辞儀をした。
寺院の向こうには、サジャン・シャー・ワリというムスリム聖者のダルガーがあった。バーバーは再び男たちを中へ導き、全員がその聖者の墓に頭を垂れた。
一行はしばらく座り、要塞の廃墟を眺めながら丘と谷の美しい景色を楽しんだ。寛いでいる間に、バーバーは再びプーナ近郊のシンハガドに住み、自分たちで建てる小屋で暮らすという話題を持ち出した。
