サロッシュとヴィルーは12月9日にメヘラザードに呼ばれた。その日、バーバーはカナダで働いているアヴィナシュ・サクセナにも会うことに同意した。彼は11月に数分間バーバーに会う許可を得ていたが、アディの電報を受け取っていなかった。そこでバーバーは例外を設け、9日に彼にダルシャンを与えた。
1967年12月10日日曜日の朝、メヘラザードで会議が開かれた。サロッシュ、アディ、チャガン、ダケ、ランゴレ、ルストム・カカが、アフマドナガルでメヘル・メーラ(祭り)を開いてバーバーの誕生日を盛大に祝おうというサロッシュのアイデアを話し合うために呼ばれた。2月21日から始まる8日間の祭りが提案され、出店、回転木馬、祝賀パレードが計画された。ジェハングーの父であるボンベイのマンチェルシャー・スカドワラとナシクのミノー・バルーチャが準備の監督に同意した。(しかし後に祭りは中止され、パレードだけが行われた。)
12月11日午前4時30分、ボンベイのインド西海岸を激しい地震が襲い、その衝撃波はアフマドナガル、メヘラバード、メヘラザードで約50秒間感じられた。揺れが起きた時、バーバーは寝室にいた。ゴハーが部屋に駆け込んできて彼にしがみついた!彼女はバーバーを守ろうとしていたのだ。バーバーは微笑んだ。ラノがその時番をしていて、彼女もまたゴハーに加わって地震の際のバーバーの安全を心配した。
カイコバードが股関節に激しい痛みを感じ始め、レントゲン撮影の結果、無闘別な体重負荷のために股関節のスチールピンがずれていることが判明した。14日、彼は救急車で搬送され、再び入院してピンが除去された。バーバーは述べた。「カイコバードとの私の仕事は未完成のままだが、今は一人でそれを行い、完成させる。」
バーバーはマンダリーホールで一人で仕事を始め、その間、力強く繰り返し胸と太ももを叩いた。バーバーがより高い次元での仕事をしている間、メヘラザードにいる者たちには絶対的な沈黙が課された。各自は自室にいて動き回らないようにすることになっていた。バウがホールの外で番をし、バーバーが手を叩くとバウかエルチが中に入った。バーバーは午前中に3~4時間、午後に1時間ホールで仕事をし、さらに自室で20分間行った。この日課は何日も続いた。
