第39章: ドラッグ禁止
1965年· ババ 71歳ページ 5,132 / 5,444
第七に。明日やむを得ずプーナを発たれる方々も、今ただちにバーバーのダルシャンの列にお並びください。
第八に。どうかお聞きください。次は、アヴァター・メヘル・バーバーから皆様への直接のメッセージです。「これまでの長い年月、私はあなた方、私の愛する者たちを抱きしめ、私への皆様の愛に頭を垂れてまいりました。今や私は皆様を抱きしめることができませんので、皆様への私の愛に皆様が頭を垂れることをお許しいたします。」
午前8時30分にダルシャンが始まった。一度におよそ百人の男女のグループがホール内に通された。扉のところでの押し寄せや押し合い、なだれ込むような混乱は、時にボランティアたちの手に余るほどであった。幸運にもホール内に入れた人々は列に並んだ。彼らはバーバーの前を順に歩き、その足に頭を垂れ、立ち去った。愛の表現として、ある者は生花の花輪を、ある者は絹や紙、樟脳、ポップライスでできた花輪を捧げた。他の者たちは果物やトフィー、キャンディーを供えた。バーバーはこれらの愛のお供えに触れ、ご自分のプラサードとして返された。政府の大臣、国会議員、軍の将軍、判事、弁護士、医師、郵便配達人、靴職人、サドゥー──人類の束の間のパノラマがメヘル・プラブの前を通り過ぎていった。バーバーのダルシャンを受けたあと、大半の者たちは立ち去ることを名残惜しく思ったが、ボランティアたちに急かされるうちにいつの間にか出口の扉のところに来ており、そこでプラサードの一袋がそれぞれの手に押し込まれた。状況を把握するより先に、彼らはホール外の愛する者たちの大海の中で泳いでいる自分に気づくのであった。
イランから来た男女も数名いた。ふくよかな一人のペルシア人女性はバーバーの前で人目もはばからずすすり泣き、その足元から抱え上げて引き離さねばならなかった。ダルシャンに来た赤ん坊連れの母親は皆、バーバーが触れられるよう自分の子を高くかかげていた。ハミルプルから来た一人の女性は、生まれてわずか十五日の娘を連れてきていた。
赤ん坊や子どもがバーバーのほうへ持ち上げられるたびに、バーバーは毎回前にかがんで触れねばならなかったが、首の激しく刺すような痛みは、その朗らかで光り輝く顔には表れなかった。
ある時、バーバーはバルチャ医師のほうを向き、こう身振りで示された。「痛みは非常に激しいです。けれども私がどれほど朗らかに見えますか。」
ダルシャンに来た者たちは誰一人として、バーバーが実際には肉体的な苦痛のただ中にあることを知らなかった。彼らの目には、バーバーはまさに光り輝いて見えたからである。ごく親しいマンダリだけが、バーバーがどれほどの痛みに耐えているのかを知っていた。
