第39章: ドラッグ禁止
1965年· ババ 71歳ページ 5,129 / 5,444
嵐の猛威は、入念に練られた計画を台なしにしてしまった。テントは完全にずぶ濡れになった。しかし喜ばしい結果が一つあった。季節外れの雨が、うだるような暑い夏を冷ます効果をもたらしたのである。実のところ、バーバーがこれを引き起こしたのであった。彼の愛する者たちが酷暑の悪影響を免れ、彼に全意識を集中できるようにするためである。
ハミルプールからおよそ1,000人の献身者がプーナへ来ており、アンドラから2,000人、そしてインド、パキスタン、イランの他の地域から3,000人が集まっていた。こうして6,000人の愛する者たちが、愛しいお方が与えてくれたこの稀な機会をとらえようと、プーナへ流れ込んだ。
1965年5月1日土曜日、夜が明けるはるか前から、献身者たちはプーナ・センターに集まり始めた。蜂が巣に群がるように、彼らはセンターへ通じる小道の両側に並び、バーバーの到着を一心に待ちわびた。センターのホールには700人しか座れなかったため、パンダルも建てられたが、そこもすぐにあふれんばかりに埋まってしまった。その結果、人々は小道へとあふれ出し、大通り沿いに数百ヤードにわたって連なった。例によって、その数千人の中には、さまざまな宗教、カースト、言語の、あらゆる階層の男女、子供、老人が含まれていた。午前7時55分にバーバーの車が到着すると、一つの声、一つの胸となって、「アヴァター・メヘル・バーバー・キ・ジャイ!」[アヴァター・メヘル・バーバーに勝利あれ!]という叫びが自然と幾度も湧き起こった。
シャイクが運転するバーバーのデソトはプーナ・センターの入口に止まり、バーバーは車を降りて昇降椅子に座った。グルプラサードからは、シャンタデヴィがバーバー、アディと共に後部座席に乗り、エルチとフランシスが前部座席に座っていた。メヘルジーとアディが椅子の前方の取っ手を握り、エルチが一人で後方を持ち上げた。バーバーは壇まで運ばれ、壇上に立って集まった人々に向け両手を合わせて挨拶すると、群衆の歓声は大きなどよめきとなって沸き立った。歓声が静まると、彼は腰を下ろした。ホールのすみずみまで愛する者たちが座を占め、残る数千の群衆は愛しいバーバーを一目でも見ようと扉や窓に押し寄せた。
プーナ・センターを代表して、サダシブ・パティルが白檀の花輪をバーバーに掛け、来てくれたことへの感謝を表した。プラサードを入れた箱がシンデとカンブレによって壇上に運ばれ、バーバーはそれらに触れて祝福を与えた。そのプラサードは、愛する者たちがダルシャンを終えた後、出口で配られた。壇上では、エルチがバーバーの右側に立ち、マハラニ・シャンタデヴィが彼の左側に座っていた。アディはバーバーの後ろに立ち、メヘルジーやホシャン・バルチャといった他の者たちも同じく後方に控えていた。
