第39章: ドラッグ禁止
1964年· ババ 70歳ページ 5,088 / 5,444
バーバーは様々な働き手たちに、自分の前で不満を打ち明け、互いの間の問題を片付けるよう促した。彼が互いに愛し合うようにと勧めると、一人の男がこう言った。「バーバー、あなたを愛するのはとても簡単ですが、互いに愛し合うのは難しいのです!」
バーバーは答えた。「分かっています。けれども、もしそれを成し遂げられたなら、それは今日皆さんをここへ導いた雨の祝福にもまさる奇跡となるでしょう。最善を尽くしてください。そうすれば私が助けます。」
1964年9月20日、バーバーは心臓近くの胸の痛みを訴え始めた。プーナの心臓専門医グラント博士は毎月ブース病院での診察のためにアフマドナガルを訪れていたので、24日の午前8時に心電図を取るためメヘラザードへ呼ばれた。しかし彼が到着した頃には痛みはすでに引いていた。グラント博士は心臓そのものには問題はないが、「7日から10日間の休息」を勧めると述べた。バーバーは再び血液検査を受け、尿素値が高いことが分かった。その結果、バーバーには低タンパクの食事を取るよう勧められた。さらに、血糖値が高いため炭水化物の摂取を抑えなければならず、コレステロール値も高いため脂肪も許されなかった。結局、ゴヘルはバーバーに何を食べさせればよいのか途方に暮れた!
ケイティ・イラニは休暇でアフマドナガルに来ており、バーバーは22日に彼女がメヘラザードを訪れることを許した。彼女はメヘラザードで一夜を過ごし、アフマドナガルへ戻ってそこで一週間滞在した。1964年9月30日水曜日、アルナヴァズ、ナリマン、ジム・ミストリーが四日間の予定でメヘラザードへやって来た。ガジワニとシガンポリアも同じ日の午後1時にボンベイから到着した。ガジワニはアメリカと日本から戻ったばかりで、その旅と各地で出会ったバーバー・ラバーたちのことをバーバーに話した。
プレム・キルナーニーは9月24日午後2時にメヘラザードへ呼ばれた。彼の息子ヴィノードの誕生日が10月1日にあたり、バーバーはその日に家族が会いに来ることを許した。ラマ、メヘルナート、シーラは5日にメヘラザードへ連れて来られ、フェラムも彼らと共にやって来てメヘラザードに一週間滞在した。
リタ・ガルステインという女性がチッタゴンで多くのバーバーの活動を行ってきていた。彼女は英国へ移住する予定で、その地へ移る前にダルシャンを願い出ていた。バーバーは彼女が来ることを許し、彼女と夫は1964年10月6日午後2時にダルシャンを得た。ジャルバーイが彼らに同行した。
アディはゴーダーヴリー・マイに伝言を届けるため定期的にサコリへ遣わされ、また彼女がアフマドナガルの帰依者たちを訪ねるたびに会いに行った。サコリ在住のS・N・ティプニスはゴーダーヴリーに関する本を書いており、バーバーにゴーダーヴリーについての一文を寄せてほしいと願い出た。
6日、バーバーはこの返答を口述した。「ヤショーダーがクリシュナにとってそうであったように、ゴーダーヴリーは私にとってそうした存在です。」
