第38章: グルプラサド庭園、1963年
1963年· ババ 69歳ページ 5,052 / 5,444
ベグム・アクタルもまた、メーラに出席するため先約をキャンセルしており、そこで歌を披露した。ハミールプルへ向かう道中は天候にも恵まれ、すべてが順調に進んだ。しかし帰路では、車での旅で起こり得るあらゆる不調がことごとく起こった。二人は悪天候、エンジン故障、タイヤのパンク、そして粗末な宿に苦しめられた。ヴィルーはこのことをバーバーに話したのち、冗談めかしてこう言った。「あなたは私たちにご自分のお仕事のために行ってほしいので、行きには大変快適に運ばせてくださいましたが、帰り道ではお仕事が果たされたので、私たちのことを気にかけてくださいませんでしたね。」ヴィルーは長年バーバーを知っていたが、この時までバーバーの神性を真に信じてはいなかった。しかしハミールプルで数々の胸を打たれる体験を経て、彼女はバーバーが神であることを完全に確信するに至った。
アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディは、1963年11月22日にダラスで暗殺された。その一切は、バーバーがかねてより予言していた「世界中の苦しみと混乱」の一部のように思われた。ケネディの死の知らせがメヘラザードにもたらされたとき、バーバーはこう述べた。
彼は偉大な人物であり、善良で誠実でした。あのような形で亡くなったことは、人類の記憶と歴史の中で彼を不滅の存在にしただけでなく、霊的にも彼を大きく前進させました。しかしながら、定めとしてそうなるべくして暗殺されたとはいえ、これは良いことではなく、世界に今後さらなる苦しみが訪れることを予兆しています。
1963年12月3日午前10時、ゴヘルの両親、兄のアスピと彼の妻がメヘラザードでバーバーに会った。その後、ハリー・デドルチョーが30分の訪問を行った。彼の船は短期間インドに停泊していたためである。7日午前10時、アディ、パドリ、サロシュは、メヘラバードの水不足について話し合うためバーバーとの会議に出席した。当面のあいだは、タンク車で水を購入することが決定された。
10日にはラマ、メヘルナート、シーラがピロジャと共にメヘラザードへ連れてこられた。ラマは軽い手術が必要であり、その件はバーバーと相談された。ナリマンとアルナヴァーズは12日から3週間、メヘラザードに滞在するためにやって来た。その日(この時期に何日かそうしてきたように)、バーバーはマンダリ・ホールにて「マスターの祈り」と「悔悟の祈り」を唱えさせ、椅子に座った彼の前に置かれた高い踏み台にマンダリの一人ひとりが足を載せると、その足にひれ伏すように頭を下げた。
