第38章: グルプラサド庭園、1963年
1963年· ババ 69歳ページ 5,040 / 5,444
先に述べたとおり、バーバーは眠るとき部屋に風が入るのを好まなかった。窓、扉、換気口がぴったり閉められているうえ、メヘラザードでもグルプラサードでも、夜休む前にいかなる音も遮るためにバーバーは耳に綿を詰めていた。夜、バーバーが何かをつまむときには、自分が食べているもの──たとえばチョコレートやケーキ、クッキー、チーズなど──を少しバウにも分け与えることがよくあった。
ある晩、彼は起き上がって身振りで示した。「お腹が空きました。何か食べる物を持ってきてください。」
バウはチョコレートの缶を持って来てバーバーのベッドの上に置き、窓を開けに行った。その間、バウが背を向けているうちに、バーバーは耳から綿を取り出した。バウがベッドへ戻ってくると、バーバーはそれを彼に手渡した。それをチョコレートの一片だと思ったバウは、口に放り込んで噛み始めた。その様子を見て、バーバーは笑いに笑った。
翌朝、バーバーがマンダリホールに来ると、男性たちに尋ねた。「綿を食べる人を見たことがありますか?動物でさえ綿は食べられません!ところがこの人は昨夜、綿を食べていたのです!」
バーバーはバウが綿を噛む様子を真似て見せ、男性たちは大いに笑った。
三十年余りを経て、メヘル・アシュラム学校のかつての生徒で、ディナ・タラティの弟であるディンシ・カラニが七月十一日にアフマドナガルへ着き、バーバーとの面会を願い出た。バーバーは彼に会うことには同意せず、ディンシへの幾つかの指示を記したメモをアディに送ったところ、ディンシはそれに従うと答えた。ムールティはその日遅くに来訪し、数日間メヘラザードに滞在することを許された。
ノシル・イラニは七月十六日にバーバーと会い、メヘラザードに滞在するつもりであったが、バーバーは代わりに彼を一か月間サコリへ送った。ハリー・デドルチョーは数日間インドに来ており、バーバーは彼がメヘラザードへ来ることを許していたが、デドルチョーの船がまもなく出航する予定であったため、ハリーは来ることができなかった。
バーバーは、メヘラザードに戻れば自分の苦しみが増し激しくなるであろうとほのめかしていたが、その予言は実現しつつあるように見えた。この時期、バーバーは腎結石を患い、股関節に絶え間ない痛みがあった。
