第38章: グルプラサド庭園、1963年
1963年· ババ 69歳ページ 5,030 / 5,444
もしサンスカーラの蓄積がなかったならば、人は最初の人間の形態を取るやいなや、自らが神であることを意識したことでありましょう。しかし無数のサンスカーラのために、生死の輪はジグザグに回転します。すなわち、輪廻の過程において魂は男性の形態を取り、次に女性の形態を取り、善と悪、醜と美、王と乞食、というように形を取ります。そして死ぬたびにサンスカーラは揺り動かされます。
ついに内転(インヴォリューション)の過程が始まります[心の意識が精妙となる時に]。心は[思考の形態で]第五の境地まで持続します。第五の境地においては、心はそれ自身を通して働きます。第六の境地においては、心は働かず、内なる眼となって神を顔と顔を合わせて見ます。第六の境地には超意識があります。第七の境地においては心は消滅し、人は神意識を成就します。
夢の状態において、人は精妙の身体を用い潜在意識を経験しますが、精妙の身体はちょうど蒸気や雲のように、きわめて朧げであります。しかし人が精妙の境地、すなわち第一の境地から第四の境地にあるとき、精妙の身体をもって準超意識を経験します。精妙の身体の経験はきわめて明るいものであります。
バーバーは二日後の6月14日、より高い境地と夢の種類についての説明を続けた。
クトゥブが精妙の境地と精神の境地で働く際、肉体を全く酷使する必要はありません。しかし粗大の境地においては、粗大意識のうちにある生物および無生物を助けるために、肉体的世界で働くには労力が必要となります。
第七の境地のマジュブを、ヴェーダーンタ派はバル・ウンマント・ピシャーシュと呼び、スーフィーは王子と呼びます。サッドグルあるいはクトゥブは王と呼ばれ、アバターあるいはラスールは王の中の王と呼ばれます。
永遠においては、過去も未来もありません。ただ永遠の現在のみがあります。しかし覚醒した夢の状態においては、過去と未来は現在を軸に巡ります。眠りの間に見る夢は、夢の中の夢であります。この眠りの夢には三種類があります。純粋な夢、幻覚、悪夢であります。幻覚と悪夢は過去や未来と何の関係もありません。しかし純粋な夢は過去や未来と関係しております。
