第36章: 無関心であることに関心を持つ
1960年· ババ 66歳ページ 4,727 / 5,444
普通、経験豊富な外科医がうまく注射を打つには二十分から二十五分かかる。また、私が教えを受けた師たちを含め、非常に経験豊富な外科医たちが神経に当てようとあれこれ手探りしながら一時間半から二時間もかけているのも見てきた。だから私は、二軒のコテージしかないメヘラザードのような場所で、手元にあるわずかな器具では、これが非常に、非常に困難な仕事になるだろうと分かっていた。しかしその考えはまったく私の心に浮かばなかった。私はこう言った。「この神経に当てて、バーバーは大丈夫になる」と。それが私の心に浮かんだ唯一の思いだった。そして信じてほしいのだが、これは私が生涯で打った中で最も早い注射だった!今までに七百回から八百回以上の注射を打ってきたはずだが、私は針を刺し入れ、三十秒以内に決められた点から四、五センチほど針を内部へ押し込み、バーバーはただ顔をしかめた。私が電気刺激を加えると同じ痛みが現れ、バーバーは「はい」と仰った。私はアルコールを注入し、バーバーは一分も経たないうちに満面の笑みを浮かべていた。
そして彼は仰った。「お腹が空きました。食べる物を少しください!」するとすぐに、肉入りのインド風プラオがどっさり盛られた大皿が運ばれてきた。あれほどがつがつとプラオを呑み込むように食べる空腹の人を、私は今まで見たことがなかった。私はこの方は生涯食べ物を見たことがないのではないかと思ったほどだった。二分とかからぬうちに、皿はほとんど完全に空になっていた。しかしご存じのとおり、バーバーはそこまで利己的ではない!最後の一口は彼が残しておいた。彼は「お口を開けてください」と仰り、それを私の口に入れてくださり、私はそれをあっという間に呑み込んだ。皆、笑顔に包まれていた。彼はとても満足したかのように両手を腹に当て、水を求め、コップ二杯の水を飲んだ。
自分が何をしたのかについて、私は大いに驚いていた。実のところ、彼は自分自身を癒したのだ!信じていただけるなら、その時の私は完全にひとつの通路にすぎず、まったく彼の御手の中にあって、別個の存在としての自分という思いはまったく持っていなかった。なぜなら、自分がどうしてそれを成し遂げたのか、何が起こったのか、私は今もって分からないからだ!今日に至っても私には分からない。針はそのまま入り、三十秒以内に神経に達し、私はアルコールを注入し、神経はブロックされ、すべてが一幕の劇のように五分も経たずに終わったからである。1
脚注
- 1.スハス・R・ギンデ氏のご厚意により提供された、1968年10月7日にニューヨーク月曜夜の集会でラム・ギンデが行った講話の記録。
