第35章: グルプラサド、1960年
1960年· ババ 66歳ページ 4,659 / 5,444
バーバーはサンジーヴァニ・デーシュムクにこれをマラーティー語に訳すよう頼んだ。彼女はその一節が哲学を扱っているので難しいと言って、ためらった。彼女の父であるデーシュムク博士もこれに同意した。バーバーは彼を正した。
それを哲学的と呼ばないでください。これは哲学ではありません!これは永遠の生命を描いています。これが真の人間に期待される生き方です。あなた方が送っている生活は動物の生活です!それは動物性以外の何ものも示しません。
人が知的な天才であり得たとしても、真理を実現しない限り、彼のいわゆる知識は無知の中での言葉遊びにすぎません。彼の生に対する解釈と真理に関する注釈は、盲人が盲人を導くようなものに例えられます。
一般的な人生の姿はどうでしょうか?初めは遊びに夢中になっている子供です。それから若く美しく育ち、青春の空想に没頭し、やがて結婚します。子供たちが生まれます。年を重ねるにつれて、心配事は積み重なり、また増えていきます。あらゆる避け難い衰えを伴う老年が日に日に近づき、ついには満たされぬ思いとともに粗大の身体を去らねばなりません。これを生きる価値のある人生と呼べるでしょうか?それは象の生活とさして変わりません。
私は、まさに同じ物語が繰り返し繰り返されるあなた方の無数の転生を知っています。覚えていてください、これはすべて夢ですが、意味ある夢なのです。その目的は、夢そのものの無(む)をあなた方に気づかせることにあります。しかしあなた方は無知と自ら蒔いた幻想的な心配事に圧倒されているため、この状況に目覚めることがなく、真の人間の生を生きようと固く決心することもありません。
この対句の中で、ハーフィズは永遠の生命についての示唆を与えています。これこそ人が目指すべき生き方です。あなた方が人間の形を持っているのは、まさにこの生のためです。ですから、今こそ永遠の生命を生きると決心し、そのために誠実に努力しない限り、これまでのすべての人間の形は、いわば動物の形に等しいのです。ですから、永遠の生命へと導く[神への]愛の生のみが生きるに値するのです。神を愛する者にはただ一つの憧れ、一つの心配しかありません。それは神と一つになることです。これこそ愛する者を永遠なる生命へと導く真の生です。
1960年4月15日聖金曜日の朝、バーバーは完全なる導師バヤジードについて説明した。
