第35章: グルプラサド、1960年
1960年· ババ 66歳ページ 4,641 / 5,444
その年、アロバもメヘラザードで行われる予定の大きな修理作業をカカと共に監督するために残った。エルチの叔父であるホミ・ママ・サタも手伝うために招かれ、バーバーの不在中メヘラザードに滞在した。ハリー・ケンモアは、かつてエリザベスの車のガレージとして使われ、後に馬シーバの馬小屋として使われたマンダリ・ホールに、もっと適切な石とセメントの床を設けるよう提案していた。そうすればバーバーはホールの中をより滑らかな床の上を行き来でき、毎日より多くの運動ができるはずだった。この新しい床の敷設こそが、バーバーの不在中に行われるべき主たる作業だった。
1960年3月20日、棕櫚の主日の午前8時頃、バーバーは女性マンダリと男性マンダリ(エルチャ・ミストリを含む)と共にメヘラザードを出発し、三時間後にグルプラサドに到着した。バーバーはアフマドナガルの愛する者たちがサロシュ・モーター・ワークスで自分を待つことを許しており、プーナへ向かう途中そこに立ち寄って彼らに会った。バーバーはまた、クシュル・クォーターズでアフマドナガルの徴税官S・B・カジにも会った。しかしプーナの愛する者たちには、彼がプーナに到着する際には道端で待たないようあらかじめ伝えられており、彼らはその願いに従った。それでもバーバーが到着するや否や、サタラのM・J・ランゴレが門の近くに立っているのが見えた。彼の妻は赤ん坊を抱き、彼と共に立っていた。前年、その夫婦はバーバーのもとに来た時に極度に意気消沈しており、彼が尋ねると、妻はこう言った、「私には子がいません、バーバー。人々は私を嘲笑い、不妊の女と呼びます。私は彼らの前で顔を隠さねばなりません」。バーバーは彼女に心配しないようにと安心させ、自分がそのことに目を配ると約束した。これがその結果であり、夫婦は感謝の意を表すために来たのだった。
バーバーはプーナの主だった働き手たちに会った。一時間後、ハリー・デドルチョウとカルカッタから来た年配の弁護士アミヤ・カンティ・ダスが到着した。アミヤ・ダスは1931年からバーバーのダルシャンを切望していたが、あれこれの理由でそれを果たせたことがなかった。バーバーが先に彼を抱きしめ、老人は涙を流した。
デドルチョウはバーバーとマンダリへの贈り物でいっぱいのスーツケースを持ってきた。
バーバーは述べた、「これは必要ありません。私が望むのはあなた方の愛だけです」。
デドルチョウはバーバーに、ダスもいくつかの贈り物を持ってきたと伝えた。
バーバーは眉をひそめて続けた、「バーバーは何も必要としません。愛する者たちからの愛だけが必要なのです。あなた方のなさることに感謝します。あなた方の中にある愛があなた方の行ないを促しているのだということも、私は知っています。しかし、私のもとに持ってこられるこれらすべては幻影なのです。愛だけが真実なのです」。
バーバーは彼らを抱きしめ、デドルチョウに彼の苦労について尋ねた。彼は商船隊の船員として海上で送る生活の厳しさを語った。彼はまた、一方では自身の不浄な思いと行ない、他方では「父」(バーバー)の方へ向かいたいという熱望、その両者の間に自分の中で感じる分裂について語り、それを行う勇気が自分には欠けていると言った。
バーバーはデドルチョウに尋ねた、「なぜあなたは自身のすべての不浄を抱えて私のもとに来ることを恐れているのですか。この大洋を措いて、いったいどこにあなたの汚れを捨てるというのですか。あなたのすべての不浄をこの大洋に投げ入れなさい!それらを私に与え、自由になりなさい。善きものも悪しきものも私に明け渡すことによって、誰もが自由になり得るのです。しかしそれは非常に難しいことです。何百万人のうち、ただ一人だけがそれをなし得るのです!」
