第35章: グルプラサド、1960年
1960年· ババ 66歳ページ 4,639 / 5,444
バーバーは同様に、さまざまな人の生活援助を取り計らうことも頻繁にあった。彼はサロシュやナリマンに「某に向こう六か月間、月100ルピーを支払いなさい」と告げることもあれば、ゴヘルの場合のように誰かの学費を手配したり、後にラタ・リマイェにしたように歌のレッスンを取り計らうこともあった。誰かが更なる勉学のために海外へ赴く場合、彼はその国の彼を愛する者たちに、彼らの世話を頼む旨の指示を添えた手紙を書いた(アメリカへ渡ったディガンバル・ガデカル、ダディ・ケラワラ、ナジュー・コトワルの場合のように)。この他にも、バーバーは身近にいても遠くにいても、親しい愛する者たちに誕生日カードや電報を送ることを常に忘れなかった(例えばアフマドナガルのダケ、ドゥン・サタやカルチュリ家、イギリスのデリア・デレオン、アメリカのキティ・デイビーなど多くの者たちにである)。こうして、すべての者にとっての愛しいお方には、ほとんど一刻の休みもなかった。
アディは、バーバーがグルプラサドへ発つ前にクシュル・クォーターズでダルシャン・プログラムを開くことを提案し、バーバーはこれに同意した。そのダルシャンは1960年3月6日に開かれることに予定され、敷地内にはシャミアナが張られた。ナヴサリのグループがこの行事のためにやって来て、バーバーは前日に彼らをメヘラザードへ呼んだ。そのグループには初めて来た者が多くいた。
彼らの中にはホシャン・バルチャの兄弟マルズバンもおり、バーバーは彼に尋ねた。「私を何だとお思いですか?」
バーバーを愛する者ではなかったマルズバンは、ぶっきらぼうに答えた。「詐欺師だ!」
バーバーは微笑みながら答えた。「私は神であり、詐欺師であり、そしてその[間にある]あらゆるものでもあります。あなたが私に率直なご意見をくださったことを嬉しく思います。」
「あなたは私を愛していますか?」と続けてバーバーは尋ねた。
「私は愛が何なのかわかりません。」とマルズバンは答えた。しかしその直後、彼は涙を流し始め、バーバーの傍を離れようとしなかった。バーバーは彼を呼び、何度も抱きしめた。マルズバンはその日以来すっかり変わった人となり、熱烈に愛する者となった。
バーバーは、自分に対して確固たる信仰と信頼を抱く者は決して心配する理由を見出さないと指摘した。「心配などという問題はそもそも起こりません。」最近の自身の誕生祝賀について、彼は冗談めかして語った。「この国でも海外でも、私の誕生日があれほど熱烈に祝われたのを見ますと、今回が私の最後の誕生日になるような気がします。」
公開ダルシャンは1960年3月6日日曜日、クシュル・クォーターズにてその日の早朝から午後2時まで行われ、およそ8,500人が彼のダルシャンに与った。アフマドナガルのバジャン・グループが歌う中、バーバーはシャミアナの下の壇上に座り、ボンベイ、プーナ、ハミルプル、ナーシク、スーラト、パタルディ、カルカッタなど遠方から来た多くの人々にプラサドを配った。
