第31章: インドの大地に流れた血
1957年· ババ 63歳ページ 4,153 / 5,444
「あなたが幸せなのは、彼らがあなたにとって死んでしまったからです。けれども、彼らは私のために生きています。ですから私は自分の責任を果たし、彼らの面倒を見なければなりません。あなたは自由です。この責任を私に委ねたいですか?私がこの厄介ごとをあなたから引き受けたら、嬉しいですか?」
「あなたが私のために苦しまれてはなりません」とハクマットは言った。
「さて、あなたは捨てることの意味が分かりましたか?捨てるとは、世にありながら世に属さないことです。それが捨てるということです。もし外面的にすべてを捨てて森へ行ったとしても、それは捨てることではありません。すべてはあなたの心の中にあります。あなたを世に縛りつけるサンスカーラから自由にならない限り、自分の思考から自由になることはできません。
「ですから私はあなたを「世話人」として任命します。私のために、あなたの妻と子供たちの面倒を見なさい。彼らは私のものであり、あなたは私のために彼らの世話をしなければなりません。彼らがあなたのものだと、決して思ってはなりません。
「これらすべての瞑想、集中、出家、断食、沈黙、さまざまな苦行や贖罪も、私の命令に従うことに比べれば何ものでもありません。ですから、ただ私の意向に従い、私を想い続けなさい。そうすれば私は、あなたが必要とするものよりはるかに多くのものをあなたに与えると約束します。私が何を与えるか、あなたには想像もつかないでしょう。私は真の贈り物をあなたに与え、それは真理の道を通ってあなたを悟りへと導きます。そして私は、いつもあなたとともにあります」
ハクマットは深い喜びに満たされて家に帰り、バーバーの指示に従った。
アディ・シニアは1957年3月10日、バーバーの許可を得てローダ・ミストリを数時間メヘラザードへ連れてきた。アイリーン・コニビアはメヘラザードに数日間滞在することを許されていた。3月16日午後2時30分、アイリーンの知人であるフランシス・ゴールドニー中佐が、メヘルジーに付き添われてイギリスから到着した。ゴールドニーもまたメヘラザードに滞在することになった。ケシャヴ・ニガム、クマル、キシャン・シンも呼ばれており、彼らもこの時に到着した。ケシャヴがアフマドナガルへ向かう途中乗っていた列車では、五両もの客車が脱線するという大きな事故があったが、重傷を負った者はいなかった。バーバーはその日の朝中、ケシャヴについて尋ね続けていた。
ゴーダヴリ・マイがバーバーをサコリへ招いており、バーバーは彼女をがっかりさせたくなかったので、そこへ向かう準備が整えられた。バーバーがサコリを訪れるという知らせはインド全土に広まった。隠遁のため、バーバーのラバーたちは一年以上彼の姿を見ていなかった。とりわけ自動車事故のあとは、彼に会いたいと切望していた。そのため日取りが定まると、アンドラ、ハミルプル、デリー、ボンベイ、プーナ、ナヴサリ、その他各地から約四百名のラバーがサコリに集まった。
