第30章: 1956年西洋への旅

1956年· ババ 62歳ページ 4,089 / 5,444

脚注

  1. 1.イナーヤト・カーンの弟子であったフォン・フランケンベルク男爵は、オーストラリア最初のスーフィー組織の長であった。彼のグループは1927年から1950年まで、メルボルンとカムデン(シドニー西方の町)で盛んに活動した。初期のオーストラリアのバーバー・ラヴァーの多くは、最初はこのグループのメンバーであった。フランシスにメヘル・バーバーに会うよう勧めたのもフォン・フランケンベルク男爵だったが、男爵自身はバーバーに一度も会うことのないまま1950年に没した。バーバーが乗った自動車は男爵から遺贈され、フランシスのものとなっていた。
  2. 2.当時のオーストラリアではインド料理はほとんど知られておらず、それを作れるオーストラリア人もごくわずかであった。
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