第30章: 1956年西洋への旅
1956年· ババ 62歳ページ 4,030 / 5,444
ですから天国と地獄、いずれの状態も「ある」のであり、体験されはしますが、実在はしないのです。それらはマーヤーの一部であります。
ドンは「カルマの法則」を二度目に読み上げ、バーバーは再びその要点を述べるように彼に求めた。ドンは答えた。「バーバー、私はこれから、宇宙全体が法則によって支配されているということがまったく真実であると理解しております。物質世界は法則に支配されているという観点からは理解しにくいかもしれませんが、宇宙全体は、よく営まれた事業のように、法則によって支配されております。」
バーバーは言った。
全宇宙は幻影でありますが、それでもなお一つの法則、明確なる法則によって支配されております。そしてその法則はあらゆる細部にまで及びます。我々はカルマの法則から逃れることはできません。しかしながら、我々が幻影を超越したとき、その法則はもはや我々を縛りません。
クリシュナはクルクシェートラの戦いで、アルジュナに同じことを申されました。『汝の親族を殺せ!汝の友らを殺せ!』皆さんもその名高き戦いのことをお聞きになったことがおありでしょう。アルジュナは断り、こう申しました。『どうして我が肉親と縁者を殺すことができようか?』するとクリシュナは宣言なさいました。『我は法の上にあり。全創造は我より発するゆえ、汝は縛られはしない。』
もし、いまここで私が皆さんに蟻が一匹いると申し上げ、突然ドンがそれを殺すとなれば、当然のごとく一つの束縛、すなわち殺害という行為の印象が生じます。皆さんはその束縛から自由になることはできません。蟻一匹を殺したがゆえに、皆さんは縛られるのです。皆さんが行うあらゆる行為が皆さんを縛ります――あらゆる行為、ほんの小さな行為さえも、善悪を問わず、です。善き行為もまた皆さんを縛りますが、その時皆さんは、いわば金の鎖で縛られるのであります。そして行為が悪しきものであれば、その時は、いわば鋼の鎖で縛られるのです。
キリストはこう申されました。『すべてを捨てて我に従え。』それはどういう意味だったのでしょうか?
ドンは答えた。「私の考えでは、それは文字どおり、すべてを捨てて、ご自身の内なるキリストに従えという意味だと思います。」
バーバーは続けた。
しかしその裏にあった意味は、これらすべてを捨てるということではありませんでした。世を捨てよということではなく、従えということだったのです。あらゆる想念、皆さんの利己的な想念をすべて捨てて、ただ私に従ってください。そうすれば、皆さんは解放され、自由になります。しかしそうすることができない場合は、ますます多くの束縛が生み出されます。あらゆる行為が一つの束縛を生み出すからです。
