第30章: 1956年西洋への旅
1956年· ババ 62歳ページ 3,989 / 5,444
バーバーのマンダリは彼の傍らにいた。右手側からは、忠実な信奉者たちのうちの幾人かが時折入って来た。ダーウィン・ショウがそこにいて、私をバーバーのもとへ連れて行った。私の目には、彼の周りに光があった。私は、ダーウィンが私のためにインドから持ち帰ってくれた、バーバーが手に握ったことのある石英のかけらを取り出した。私はいつもそれを敬虔な思いでハンドバッグに入れて持ち歩いており、バーバーにその小さな煌めく石を再び充電してくださるようお願いした。バーバーは微笑み、両手でその石を握り、その上で指を合わせて押し付けた後、私に返してくれた。私は彼の祝福を感じ、私の体がほとんど耐え切れないほどに意識が引き上げられるのを感じた。
外の控えの間では、人々は声をひそめて彼について語り合っていた。そこには年配の人、壮年の人、若者、白人、黒人、褐色の肌の人々がいた。幼い子どもたちもいた。予約のある者たちは自分の面会の順番を待っていた。予約のない者たちは、バーバーに関する切れ端のような情報でも熱心に拾い集めていた。扉のそばのテーブルにいる委員会のメンバーたちは、訪問者の列を案内するのに絶え間なく忙しく動いていた。バーバーと長年共に過ごして来た他の人々は、まるで恵みの使者のように出入りし、初めて生身のバーバーに会う人々を導き、助けていた。
男女はみな一日中、応接室の外の廊下に立ち、バーバーが上の階の私室へ向かうためにエレベーターまで歩く時に、その姿を一目見ようと待っていた。彼らの顔には疲れの色は無く、ただ愛しいお方をほんの一目見るだけでも大きな喜びと感謝の表情が浮かんでいた。エレベーターまでのほんの僅かな歩みの間にも、バーバーは一人一人の喜びや悲しみ、希求を集め、自らの愛の祝福でそれらを満たしているように見えた。見知らぬ一人の女性が、こう言った。「あなたはバーバーに出会うまで、本当に愛したことなど一度もなかったのですよ。」私もそれに同意した。私たちの人間としての人生におけるあらゆる愛は、彼の神聖なる愛という聳え立つ大樹の下に生える小さな草の葉に過ぎないのだ。
フィリス・フレデリックはこう述べた。「いつものことながら、バーバーの全注意は目の前にいるその人に注がれており、何百人もの人々が通り過ぎても、それは決して衰えたり疲れたりすることはありませんでした。最後の人も、最初の人と同じくらい温かく迎えられたのです。」
ヘンリー・デイヴィッド・カショウティ(三十三歳)はバージニア州出身の弁護士で、彼は生涯にわたって「人生で何が起ころうとも揺るがずに支え得るような答え」を探し求めて来た。彼は幅広く読書をしてきたが、一九五五年にニューヨークのスワーミー・ニキラーナンダ(カルカッタのラーマクリシュナの弟子)に宛てて書いた手紙の中でこう述べていた。「私は今や、その存在を確信するに至った実在について読むことに飽いてきています。1私はその実在を体験した方にお会いしたいのです。」
脚注
- 1.ニキラーナンダは一九三四年、ニューヨークからパリへ向かう船で同船していた際に、ノリーナからバーバーのことを知らされていた。
