第28章: 1955年メヘラバード・サハヴァス
1955年· ババ 61歳ページ 3,822 / 5,444
明日、五分のうちに、あなた方はそれを受け取るにふさわしいかどうかを知るでしょう。この贈り物を授けることも受け取ることも容易ですが、同時にほとんど不可能でもあります。明日、私はそれを五分で説明します。重要なのはそれだけです。しかし実在の前では、このような説明や講話などはすべて取るに足りないものとなって消えていきます。結局、これはすべて夢です。あなた方はこのすべてを「経験」していますが、実際には夢を見ているのです。
たとえば、ニランジャン・シンが眠っているとしましょう。彼は夢を見ます。その夢の中で、彼はこのヒンディー語グループが私の前に座り、私自身が講話しているのを見ます。バーバーはニランジャン・シンに「目を覚ましなさい、これはすべて夢です!」と言います。しかし夢の中で、ニランジャン・シンはバーバーに問い返します。「あなたとここに集まったすべての人を自分の目で見ているのに、どうしてこれが夢であり得るのですか?」しかし数時間後に彼は目を覚まし、その時、それが本当にすべて夢だったと知ります。その夢の中でバーバーは、それは夢だと彼に告げていました。そして今、彼はそれが本当に夢だったと知るのです!ニランジャン・シンのその夢は、夢の中の夢でした。これは夢ですが、あなた方はそれを悟っていません!あなた方は目覚めていません。あなた方がここで経験しているすべては夢です。目覚めるやいなや、あなた方はそれが夢だったと知るでしょう。そしてこの夢にはバーバーも含まれています。
少年のころ、私はハーフィズを読むのが好きでした。今、私はハーフィズが語ったことを永遠に経験しています。今、私はその愛しいお方です。時代から時代へ、私はあなた方の間に来ます。私はすべてのものの中にいます。世がそれを受け入れても受け入れなくても、私は唯一の実在です。
話題を変えて、バーバーは自我、すなわち「私」について述べた。
さて、この「私」についてです。あなた方の「私」と私の「私」との違いは何ですか?人は、自分が神であると知的には理解できるかもしれませんが、その理解は、自分が神であるという確信を与えるものではありません。そしてその確信を持たずに、自分は神だと言うなら、それは偽装です。神が決して赦さない唯一の罪です。
これに関連して、ハーフィズはこう言っています。
「私は感情によって大洋の深みに達したと思った。だが、私がつかんだのはただ泡だけだった。」
私だけが真理です。私は太古の存在です。私はあなた方一人ひとりの中にいます。エルチはエルチです。彼はエルチであり、だから自分をエルチと呼びます。
