第26章: 驚くべき3週間
1954年· ババ 60歳ページ 3,594 / 5,444
バーバーは長々と続けた:
もしイエスが死人をよみがえらせず、奇跡を行わなかったならば、十字架にかけられはしなかったでしょう。そして彼は十字架にかかることを望んでおられたのです。彼は十字架にかけられることを確実なものにするために、奇跡を行ったのです。
数多の奇跡が私に帰せられてまいりましたが、私は奇跡を行いません。私は奇跡に重きを置きません。人々が奇跡が行われたと思うとき、それを成しているのは彼らの信仰なのです。私が行う奇跡はただ一つであり、その奇跡のときは間近に迫っております。私は申してまいりました——私の奇跡は死人をよみがえらせることではなく、人を自身に対して死なせて、神を愛するようにさせることだと。私は繰り返し申してまいりました——私は盲人に視力を与えるのではなく、人々が神を見るようにと、世に対して盲目にするのだと。
なぜ私が奇跡について説明したのでしょうか?それはサコリと関わりがあるからです。昨日、私たちにはシルディへ行く時間がありませんでした。そこへ行っておられたならば、サコリにあるのとは違った雰囲気を皆さんは感じられたでしょう。人々はインドのあらゆる地方からサイ・ババの祠に集まってまいります。インドのほとんどの家庭でサイ・ババの絵を目にいたします。それは映画館にもあり、マッチ箱にもあります。この神聖なる存在が、商売の道具にされているのです!彼らはそこで金を得るために、あの灰までも売っているのです!近ごろは広告のチラシまで出し、祠を参拝する人々から8アンナを徴収していると聞いております。これらすべては、無知ゆえに事を台無しにしてしまった、ある非常に善良な魂のせいなのです。私は誰のことも利己的とも悪いとも申しません。なぜなら、すべては私のものであり、すべては神の心によって起こるからです。サイ・ババは完全性そのものを体現したお方でしたが、シルディの今のさまは私の好むところではありません……じきに、私はあそこの雰囲気をすっかり変えてしまいましょう。
出来事はこうです——[B・V・]ナラシムハ・スワミと申すこの愛しき魂が、ナーシクの私のもとへやって来て、「バーバー、あなたと共にとどまり、あなたの伝記を書きとうございます」と申しました。私は、そうしないでほしい、その代わりにサコリへ行ってウパスニ・マハラジの伝記を書いてもらいたいと申しました。「私について書くのはやめてもらいたい」と私は彼に申しました。彼はそれでひどく動揺して、サコリへ行ってしばらく滞在し、『サコリの聖者』と題する本を書きました。それが昨日、皆さん一人ひとりに一冊ずつお配りしたあとで、私が皆さんから取り上げた本なのです。あの本は半分は良く、半分は戯言です。
