第26章: 驚くべき3週間
1954年· ババ 60歳ページ 3,590 / 5,444
あるカッワーリー[宗教歌謡]には次のような歌詞があった:
あなたのために私を狂わせたいなら、そうなさい。
だが、私を笑い者にしないでください。
おお世の人々よ、私を狂人と思い
私に石を投げる者たちよ、
あなた方がこの愛を授かるほど幸運であったなら、
あなた方もまた私のように狂っていたことだろう。
おお神を愛すると語るあなた方よ、
一歩一歩ごとに神に頭を垂れねばなりません、
塵の一粒一粒が愛しいお方への敷居であるかのように。
ハーフィズの詩を収めたペルシア語のレコードがかけられ、バーバーがその意味を訳した:
先延ばしにしてはならない。今この瞬間から愛し始めよ。
たとえ一瞬たりとも愛しいお方を忘れてはならない。
バーバーはハーフィズの導師アッタールについて説明した。彼は長く垂らした黒髪をしており、ハーフィズはその髪を梳かしていたものである。それらの歌は、ハーフィズが彼について語った言葉を明かしていた:
髪を自由に流れるままにしないでください、
あなたの髪一筋一筋から、私の胸は矢を受けるのです。
ハーフィズはまた、アッタールについてこう語った:
おお、愛しき導師よ!私が流すこの涙は
あまりにも貴い血の涙でございますから、
どうぞ真珠とお考えになり、
耳飾りとしてお召しください。
ハーフィズの詩、もう一つ:
神は仰せられる。「おお、我が愛する者よ、私の小路に入りたいのであれば、
まずあなたの頭を私の足元に転がし、ボールのように私に蹴られなさい。」
愛する者は答える。「私はあなたの愛によって殺されました。
それなのに、残酷な愛しいお方よ、あなたは私に目もくれてくださらないのです。」
音楽の後、バーバーはこう締めくくった。「それでは今日、私たちは神を愛そうと努め、愛について語り、愛の歌を聴きました。私は世界で最も忙しい者です。私はこれらの集まりの細部に気を配り、あらゆる境地で働かねばなりません。けれども、私はまた最も何もしていない者でもあります。
「今日、私たちはどんな代償を払ってでも神を愛さなければならないと決意します。それを行う最も実際的な方法は、集まりの場でお伝えします。」
バーバーは彼らが昼食をとるのを見守った後、下メヘラバードでの集まりの準備を確かめるため、丘を歩いて下っていった。彼は午後2時頃、メヘラザードへ向けて出発した。
1954年9月20日月曜日の午前7時、バーバーはヴィルー・ヴィラで西洋人たちと会い、その後一同は4台の車両に分乗してサコリへ向けて出発した。バーバーとグルマイはサロシュの車に、何人かのマンダリはアディの車に、そして西洋人たちと数名の他の者たちは借り上げたステーションワゴン2台に乗った。数百人がバーバーのダルシャンを求めて道端に集まっていたため、一行はラフリでしばらく立ち寄った。バーバーは西洋人たちに、かつて自身が「狂人のアシュラム(マッド・アシュラム)」を開いていた場所(1936-37年)を見せた。チャールズ・パードムや他の者たちがバーバーにユーモラスな話を語り、ダーウィン・ショーが彼の写真を撮影した。
彼らは午前9時30分にサコリに到着し、アシュラムの住人たちが楽団の演奏に合わせて行列を組んで歌いながら出迎えに来た。
