第26章: 驚くべき3週間
1954年· ババ 60歳ページ 3,563 / 5,444
バーバーは確信の種類(知的確信、目撃による確信、体験による確信)について簡潔に語った後、こう述べた。
私はあらゆる次元であなた方と一つですが、あなた方がそれを知るのは、エゴと理性が邪魔をしないときだけです。そのとき、バーバーはあるがままに現れます。私は在りて在るものです。世界が私にひれ伏そうと、私に背を向けようと、それはどうでもよいことです。それは誰の咎でもありません。バーバーを知ることは、ラドゥー[インドの甘い菓子]を食べるような簡単なことではありません。私を知るためには、自分自身に対して死なねばなりません。この〈愛〉は決して冗談ではありません。
幸せでいてください、そしてここで体験すること以外のすべてを忘れてください。29日と30日の集まりは、その効果において他に類のない、長く持続するものとなります。それまでは、何も心配なさらないでください。明るくいて、正直であり、健康に気を配ってください。そして集まりが終わったら、まっすぐに目的地へ向かい、集まりの雰囲気をそのまま損なわずに持ち帰っていただきたいのです。
それからバーバーは一人ずつ順に何かを述べるよう求めた。マルコム・シュロスはカビールの歌の一節を引用した。「愛が胸を酔わせたとき、言葉が何の必要があろうか?」
ジョン・バスは言った。「本当に何と言えばよいのか分かりません……頭の中が真っ白です。」
「空っぽであることは素晴らしいことです」とバーバーは言った。
二年前、ラッド・ディンプフルがマートル・ビーチでバーバーに会ったとき、彼はアバターに会えて嬉しいと感じたものの、他の多くの人々のようにはバーバーに心を打たれた感じがせず、戸惑いを覚えていた。今、何人かがバーバーへの深い愛情について語るのを聞いて、彼はいらだちを覚えた。自分が同じものを感じていなかったので、彼は彼らの誠実さを疑った。彼の番が来ると、彼は口がうまく回らないと言ったが、バーバーに励まされると、こう言った。「バーバー、私たちが何の話をしているのか分かりません。私たちはここに、薪の束のように座っています。私たちはあなたをあるがままに見ておらず、ここでは皆、リア王の娘たちのように、誰が多くの賛辞をあなたに捧げるかを競い合っているのです。」1
脚注
- 1.戯曲『リア王』はウィリアム・シェイクスピアが書いた悲劇である。
