第26章: 驚くべき3週間
1954年· ババ 60歳ページ 3,555 / 5,444
神と人類に生涯を捧げてこられた偉大な聖者ガッゲ・マハラジが私たちのもとにおられて、私はとても嬉しく思います。四十二年前、私はプーナで彼のキールタンを聴き、今日感じているのと同じ喜びを、その時にも感じました。また、私の師ウパスニ・マハラジの最愛の弟子であったゴーダヴリ・マイが私のそばにいてくださるのも嬉しいです。
真に理解すべきただ一つのことは、最大の偽善者とは、自身が偽善者でありながら他者に偽善者であるなと求める者である、ということです。皆さん全員に私の祝福を授けます。
デーシュムクがマラーティー語でメッセージを読み、続いてサロシュがバーバーの次のメッセージを読み上げた——
私がアバターであると言うとき、それを聞いて喜びを覚える者は少数、衝撃を受ける者はいくらか、そしてこの主張を聞いて私を偽善者、詐欺師、極度のエゴイスト、あるいは単に気が狂った者と見なす者は多くいるのです。もし私が皆さん一人ひとりがアバターであると言ったなら、面白がる者は少数、それを冒瀆や冗談だと受け取る者は多いことでしょう。神は一であり、分かちえず、私たち全員のうちに等しくいて、ゆえに私たちは一以外の何ものでもありえない——この事実は、二元性に縛られた心が受け入れるには大きすぎるのです。それでも、私たち各々は他のあらゆる者と同じ存在なのです。私はその語のあらゆる意味において自分がアバターであり、また皆さん一人ひとりも何らかの意味においてアバターであることを知っています。
神はすべてを知り、神はすべてを行い、神の心によらずしては何も起こらない——これは太古より変わらず、普遍的に認められた事実です。したがって、私に「私はアバターである」、また「皆さん一人ひとりがアバターである」と言わせているのは神なのです。再び、ある者を通して興じておられるのも、他の者を通して衝撃を受けておられるのも、神その方なのです。行為するのも神であり、応答するのも神です。嘲笑なさるのも神であり、応答なさるのも神です。神は、自身の神聖な戯曲における創造主、製作者、俳優、そして観客です。
続いてサロシュは、バーバーの沈黙と「神を愛する方法」を説明する三つ目のメッセージを読み上げた——
皆さんが、なぜ私は話さないのですかと尋ねるなら、私は沈黙しているのではなく、身振りやアルファベット・ボードを通して、よりいっそう雄弁に語っているのですとお答えします。
皆さんが、なぜ私は口をきかないのですかと尋ねるなら、その理由は主として三つあるのです、とお答えします。第一に、私は皆さん全員を通して、永遠に語り続けていると感じているからです。
