第26章: 驚くべき3週間
1954年· ババ 60歳ページ 3,553 / 5,444
時は来ました。私は呼びかけを繰り返し、皆さんに私のもとへ来てくださいと申し上げます。
疑念や確信にかかわらず、また私が一人ひとりに対して抱く無限の愛のゆえに、私はアバターとして来続け、人が真なるものと偽なるものを区別できるよう助けるために、無知のただ中の人類によって繰り返し裁かれるのです。
至高の偉大さと至高の謙虚さは、自然に、努力を要せずして手を携えて進むのです。
万有の中で最も偉大な御方が「私は最も偉大である」と言うとき、それは誤りなき真理の自発的な表現にすぎないのです。その偉大さの力は死人を蘇らせることにあるのではなく、肉と霊において弱き者たちの手に嘲られ、迫害され、十字架にかけられることをみずから許す、その大いなる屈辱の中にあるのです。幾時代を通じて、人類は宗教的基準でアバターの神性を測り、その偉大さの根底にある謙虚さの真の深さを測りえずにきたのです。真理についていくらかの知識を持つ真の聖者や賢者ですら、アバターの真の謙虚さに直面したとき、その偉大さを理解しえなかったのです。
時代から時代へと歴史は繰り返されます——男女が無知と限界と傲慢の中で、自身の神性を宣言する神の化身たる人間を裁き、自分たちには理解できない真理を語ったとして彼を断罪するのです。彼は罵詈や迫害に意を介しません——その真の慈悲のうちに理解し、絶えざる実在の経験のうちに知り、無限の慈悲のうちに赦すからです。
神はすべてです。神はすべてを知っています。神はすべてを行います。アバターが自身を太古の方であると宣言するとき、地上における自身の顕現を宣言しているのは神なのです。人がアバターたることを是とし、あるいは非とするとき、その者を通して語っているのは神なのです。アバターと人類を通して自身を宣言するのは、ただ神おひとりです。
私の神聖な権威をもって皆さん全員に申し上げます——皆さんと私とは「私たち」ではなく「一者」なのです。皆さんは無意識のうちに自分の内に私のアバター性を感じ、私は皆さん各々が感じることを皆さんの内に意識的に感じます。ゆえに、私たちはみなアバターなのです——すべての者とすべてのものが、同時に、そしてとこしえに、すべての者でありすべてのものであるという意味において。
神のほかには何もありません。彼こそが唯一の実在であり、私たちはみな、この絶対的実在の分かちえない一性のうちに一つなのです。神を実現した者が「私は神であり、皆さんは神であり、私たちはみな一つです」と言い、さらに幻影に縛られた自身の諸自我の内にこの一性の感覚を呼び覚ますとき、卑しき者と偉大な者、貧しき者と富める者、謙虚な者と慎ましやかな者、善き者と悪しき者という問題は消え去るのです。
