第26章: 驚くべき3週間
1954年· ババ 60歳ページ 3,549 / 5,444
バーバーがエルチに対して行った『神は語る』の口述はサタラでも続き、エルチは7月に執筆作業を完了した。7月初めに巡回から戻ったバウは、原稿を章ごとに整理し、原稿をタイプ打ちさせるという任務を与えられた。現地のタイピストが一人雇われ、1日8時間働いてタイプ打ちした。バウが彼のタイプ打ちに合わせて原稿を読み上げたので、原稿は約一週間ほどで仕上がった。
この頃、クリシュナジがサタラへ戻ってきた。彼は長い髪と豊かな髭を蓄え、サドゥのような姿をしていた。どうやらグルを装っていたようであった。バーバーはバウを彼の召使いとして仕えさせた。彼のためにバウが負った「務め」には次のようなものがあった——風呂の湯を沸かし、寝床を整え、部屋を片づけ、食事を運び——さらには夜に脚をマッサージすることまでも!
バーバーには彼なりの理由があり、主にクリシュナジをサコリから遠ざけ、そこに悪影響を及ぼさせないようにするために、彼を甘やかしたのである。クリシュナジが望むものは何でもバーバーが与えた。バーバーは彼に対して一つとして拒みはしなかった。彼には最良の食事、紅茶、たばこが供され、彼はバウを自分の個人的な召使いとして卑しく扱った。バーバーの命令により、バウはそのような屈辱的な状況に耐えねばならなかった。イサは去っていたが——今や、クリシュナジの嘲りがその代わりとなった!
一方、9月の会合の手はずを整えるため、バーバーはペンドゥをメヘラバードへ送り、ペンドゥはそこでパドリとともに、インドとパキスタンから来る数百人の男性を収容する準備作業に追われていた。やって来る西洋の男性たちのための手配はサロシュとヴィルーに委ねられ、バーバーはこの時期、彼らを助けるためにサヴァクをアフマドナガルへ送った。アディ・シニアは指示を受けるため、またバーバーの回覧やメッセージを発行するために、定期的にサタラへ呼ばれた。
1954年8月30日月曜日、バーバーは女性たちを伴ってプーナへ行った。1彼らはプーナの郊外3マイル先ワーノーリーにあるアディ・ジュニアとフレーニの賃貸住宅に滞在し、しばしば散歩のできる近くの庭園へドライブに出かけた。ある日、彼らは車でラムテカディへ赴き、女性たちが車中で待つ間、バーバーはパニ・パタン・ババのダルガー[聖者廟]の近くで一人のマストと接触した。バーバーはその接触を喜んだ。
脚注
- 1.これは1951年にバーバーと女性たちがグルプラサードへ移る前に短期間滞在したのと同じ大きなバンガローであった。
