第25章: ハミルプールとアンドラでの大規模ダルシャン
1954年· ババ 60歳ページ 3,435 / 5,444
一方、ガヤ・プラサド・カレとその息子アダルシュは、自動車とトラックを連ねてイチュアラに到着するはずであったが、約束の時刻に姿を現さなかった。そこでバーバーは一行と共に牛車に乗り、五マイル離れたボカルへと出立した。村人たちは粗削りの土の道を切り開いてはいたものの、それでもひどく揺れる道のりであった。バーバーとマンダリは牛車の中で前後左右に揺さぶられ、車輪が道のあちらこちらにあるあまりにも頻繁な窪みのどれかにかかるたびに、上下に跳ね上げられた。道路の「補修」は事実上ほとんどすべて雨に流し去られており、午後二時半にボカルに到着した頃には、バーバーはすっかり消耗していた。バーバーはそこの村人たちにこのメッセージを伝えた。
皆さんの中にいられて、私はとても幸せです。私を皆さんの中の一人だとお考えになり、私を愛そうと努めてください。ただし誠実にそうなさってください。神は常に誠実を求めるからです。ですから、皆さんが私を愛してくださるなら、皆さんは自分の胸の中にも、家の中にも私を見出されることでしょう。皆さんに私の祝福を贈ります。
牛車での不快な道のりをしばらく続けたのち、午後三時半、バーバーはジャラカルから約十八マイル離れた地点で行列を止めさせた。
マンダリとハミルプールの働き手たちを自分のまわりに集めて、バーバーは不満を述べられた。「最初から私は、自分を一輪の繊細な花のように扱うようにと、皆さんに注意してきました。皆さんはそのようになさいましたか。皆さんには、私のことを思う心、気遣う心が少しでもあるのですか。この旅は耐え難いものです!バスと車は来るのですか、来ないのですか。私はもう他の場所を訪ねることはやめ、ここから引き返します。」
バーバーが一行を叱責しているちょうどそのとき、ガヤ・プラサドとアダルシュが反対方向から自動車とバスを運転して現れた。バーバーは二人を厳しく叱りつけた。アダルシュは泣き出してしまい、朝早くに出発したものの、途中の道の一部が冠水していたために遅れたのだと説明した。バーバーは彼を抱きしめ、一同は車両に乗り込んだ。
一行はジャラカルに到着したが、そこでは大きな天幕の下に群衆が集まり、何時間もバーバーの到着を待っていた。ライサヘブ・ラマシャンカルがあらゆる手はずを整えており、いつものように「アヴァター・メヘル・バーバー・キ・ジャイ![アヴァター・メヘル・バーバーに勝利あれ!]」の唱和が辺り一面に響き渡っていた。二年前、バーバーの「燃え立つ自由生活」の最中にジャラカルの人々の胸には火が点されており、この二度目の機会には、その炎が祝祭の熱気の中でかつてないほど明るく燃え上がった。
