第24章: デヘラ・ドゥン、1953年
1953年· ババ 59歳ページ 3,370 / 5,444
もし彼が遣わされていなかったなら、私自身が行っていたでしょう。屈辱と暴力的な死についての回章第九号[1953年3月28日発行]の二項目に関して、私はそれらがカシミールで起こるものと感じていました。そこで私はカインとダルに、私とマンダリのためにカシミールで許可証を取り、宿泊先を手配するよう頼みました。私がカシミールへ行くことに疑いの余地はありませんでしたが、ステーションワゴンが手に入らず、私の計画全体が滅茶苦茶になってしまったために、カシミール行きは取りやめになりました。神の心がどのようなものであるか、そしてカシミールについて何が起きるかを見てみましょう。
クリシュナジが言うところによれば、先月からあの地の雰囲気は政治的にすっかり変わってしまったそうです。霊的には混迷の極みにあります。これがカシミールの現状であり、もし私が感じたことが正しいとすれば、それは私の計画が狂ったことと関わりがあります。私はそれを自分なりに狂いと呼びますが、実のところそうなるべくしてなったのです。ですから、私はカシミール行きを取りやめました。
バーバーは話を続けた。
さあ、本題に入りましょう。皆さんは『生活回章』第九号をすでに読んでおられます。それは今も有効であり、これからも有効であり続けます。もし私が感じていることが正しいならば、何ものもそれを変えることはできません。しかし、もし私が感じていることが正しくないのであれば、神が私と皆さん全員をお助けくださいますように。そうであれば、バーバーはバーバーではないということになります。しかし私は、ある種の感得に基づいて確かに知っています。私は屈辱に遭い、次いで襲撃を受け、そして顕現を経なければならない、と。それは私が沈黙を破り、肉体を脱ぎ捨てることを意味します。
今日私は、十二月が終わる前に何か深刻なことが私の身に起こると感じています。ただしアメリカで起きたようなものではありません。このことを他の者たちに話してはなりません!神も知っており、私も知っています。私はまず自分の仕事を思い、次にマンダリ、すなわち私と共にいる者たちと離れている者たちを思い、続いて私に頼る人々を思い、それから十二月末までの幾つかの計画について考えました。
そこで私はエルチに、東洋と西洋の帰依者たちの完全な名簿を作り、三つのグループに分けるように言いました。すなわち、1)チェック印を付けた者、2)疑問符を付けた者、3)バツ印を付けた者です。バツ印を付けた者は、経済的に私に頼っていない人々です。疑問符を付けた者は、検討を要する人々であり、その作業は昨日アディ[シニア]、メヘルジ、ナリマンの手を借りて済ませました。私に頼る人々の問題は十二月末までは整えてあります。十二月の終わる前に何か深刻なことが起こり得ると感じるからです。さて、これもまた皆さんには決して理解できないであろう逆説の一つです。さあ、ご覧なさい。
