第23章: 燃えるような自由な人生
1953年· ババ 59歳ページ 3,270 / 5,444
アーンドラの一連の催しでは、文字どおりバナナがバーバーの上に雨のごとく降り注いだ。彼があるところから別のところへ移動するたびに、人々はダルシャンのために道端に立ち、彼が出発しようとすると、せめて自分たちの捧げ物だけでも彼に触れてほしいと願って、車にバナナを投げつけたものだった。同様に、後にハミルプルでは、人々が寺院で神像を礼拝するときに行うように、米や花がバーバーに投げかけられた。激しい喜びの中で人々は、メヘル・バーバーが彼らの偶像や彫像のように土と粘土でできているのではなく、人の姿をした神であるということを忘れてしまった!
1953年1月30日金曜日午前8時、バーバーはドンドに到着し、そこではアディ・シニアが車を用意して待っていた。彼はバーバーとエルチをメヘラザードまで車で送った。メヘルジーとナリマンはそのまま列車に残ってボンベイへ向かい、残りのマンダリは別の列車でアフマドナガルへと向かった。到着すると、シドゥはメヘラバードへ向かい、チャガンとラムジューはアフマドナガルの自宅へ戻り、サダシヴ・パティルはプーナへ、イェーシュワント・ラオはサコリへ発ち、残りの男たちはメヘラザードへ向かった。
ドンドから運転していたアディは、道を一つ取り違え、結果として40マイルもの遠回りをすることになった。バーバーはしばしばアディに、もっと速く運転するよう身振りで促した。アーンドラでのダルシャンの巡回は肉体的にひどく消耗するものであり、バーバーは早く休みたがっていた。悪いことに、メヘラザードがちょうど目に入った頃、車のタイヤがパンクし、到着がさらに遅れる結果となった。
到着から一、二日後、バーバーはエルチを再びアーンドラへ送り出した。表向きは、バーバーが子供を授けると約束したある夫婦に伝言を届けるためであった。
彼はこう説明した。「私はエルチに戻ってもらい、私の祝福が近い将来にではなく、おそらく数年後に、あるいは彼らの来世になってようやく実を結ぶかもしれない、という伝言を伝えてもらいたいのです。」
エルチも過酷な旅のあとで非常に疲れていたが、それでも従った。彼がアーンドラに到着すると、人々はこう尋ねた。「メヘル・バーバーが逮捕されたというのは本当ですか?」どうやら誰かがそのような噂を広めたらしく、バーバーはエルチにその噂を終わらせてほしいと願っていた。
女性マンダリと、続いてドン、カカ、クリシュナ・ナイルと面会したのち、バーバーは依然として痛む脚のレントゲンを撮るため、2月4日にメヘラザードを発ってプーナへ向かった。メヘラ、マニ、ゴヘルが彼に同行した。彼はインドの北部と南部にわたり、35日間連続して、過酷な状況のもとでこの痛みを抱えながら旅を続けてきていた。
