第23章: 燃えるような自由な人生
1953年· ババ 59歳ページ 3,257 / 5,444
デーシュムク博士はラジャムンドリで一行に加わった。そのほか、バーバーは旅の間、選び抜かれた数人の少年たちを自分のそばに置いていた。そのうちの一人は、すでに述べたムルリダルであった。もう一人は、地方行政官V. V. ナラヤナ・ラオの息子で十五歳のV. R. ジャガット・クマールであった。旅のあいだ一週間にわたり、毎日バーバーはこの二人の少年の足を洗い、それを乾かしたあと自分の額をその足につけ、大切に保管するようにと言って一ルピー紙幣を一枚ずつ少年たちに手渡した。ダナパティの二人の息子も彼らと一緒におり、プカルはハミルプルからシャルマとシンという二人の少年を連れて来ていて、彼らも同じく一行とともに過ごした。
ラジャムンドリでの午前九時のダルシャンプログラムには三千人を超える人々が参加した。いつもどおり、群衆はバーバーの足に触れないよう指示されていた。ダルシャンを受けている間、ある十代の少年は泣き止むことができず、バーバーに取りすがった。少年は言った。「あなた様の足に触れさせていただけないのなら、あなた様からプラサードを受け取りません。」バーバーは自分の足のそばに座るよう少年に身振りで示し、そしてバーバーはプラサードを彼の口に入れた。バーバーがプラサードを配っているあいだ、少年は泣き続けた。ついに、バーバーはプカルにその少年を連れて行くよう身振りで合図した。プカルは少年を子供のように抱き上げて自分の肩に乗せたが、少年はもがき続けた。アロバはプカルに少年を放すように言い、少年はバーバーの足元に倒れ伏した。バーバーはしばらくのあいだ、少年を腕の中に抱いていた。少年があまりに激しく泣くので、プカルはその場で命を落としてしまうのではないかと思った!
ついにプカルは少年を連れ出し、落ち着かせるために軽く揉み始めた。夕方、バーバーがその少年について尋ねると、プカルは彼がすっかり大丈夫だと請け合った。
「あの子に何をしてあげましたか?」とバーバーは尋ねた。
プカルは答えた。「揉んでさしあげましたら、正気を取り戻しました。」バーバーはガデカルを呼び、プカルにやってみせるよう求めた。しかしプカルがバーバーに見せようとすると、極めてくすぐったがり屋のガデカルは笑いを抑えることができなかった。それを見てバーバー自身もあまりに笑ったので、顔が赤くなった。
バーバーはラジャムンドリにあるダルマラオ、ジョティ・プラカシュ、ガウタマイ・ジーヴァク・アルンガ、グララ・クリシュナ・ラオ(ダルマラオの義父)の家々を訪れた。ダルマラオの家では、彼の娘たちがバーバーのために舞踊を披露した。
その後バーバーはエルールへ発つために駅へ向かった。そこはバーバーの「ジャイ」を叫び、彼に花輪を次々と掛ける愛する者たちと信奉者たちでぎっしり埋め尽くされていた。
バーバーは午後三時三十分の列車で発ち、その列車は途中、彼を一目見ようと数千人が集まっていた幾つもの場所に停車した。いずれの駅でも、列車は群衆が満足するまでかなりの時間にわたって停車させられた。「彼はわずか数日のうちに何千もの人々の胸の中に入り込んでいた!」と時代は記した。「彼のたった一度のまなざしが、彼らの胸に火を灯し、長き年月にわたるあらゆる問いに答えるのに十分であった!」
