第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,234 / 5,444
バウはメヘル・バーバーに同行している者たちが誰なのか皆目見当がつかず、ひとりひとりに「あなたはバーバーとご一緒ですか?」と尋ね始めた。
ついにバウは何人かのマンダリに会えたが、バーバーとの面会はできないと告げられた。サヴァク・コートワルは、アフマドナガルにあるアディの事務所宛てに手紙を書くよう勧めた。アーンドラのランガ・ラオは、息子と、エルールのカナカダンディ・スーリャナラーヤナ博士とともにサオネルに来ていた。バウは彼らと会い、彼らもまた新参であったにもかかわらず、ランガ・ラオはバーバーとの面会を取り計らえるとバウに請け合った。ガデカルはバウに、ジーン・アドリエルの著書『アバター』を読むよう勧め、現時点では面会は不可能だと改めて伝えた。
ダルシャンは夕方まで続き、それが終わるとバーバーは訪問客の入場が許されないサーキット・ハウスへと向かった。日が暮れるまで、バウは落ち着かない心持ちでそのバンガローの周りを巡り続けた。リシケシへ向かおうという思いはすっかり薄れていった。自分が探し求めてきたお方を見つけたのだと、彼は胸の奥で感じていた。
夜遅くになって、彼は姉の家へ向かった。姉は彼のことを心配しており、どうしたのかと尋ねた。しかしバウは、自分が落ち着かない理由を打ち明けなかった。
その夜、バウは眠れなかった。午前四時に家を出ようとしたとき、姉はこんなに早くどこへ行くのかと尋ねた。「散歩に行ってきます」と彼は言った。姉は同行したがり、その付き添いのため彼はバーバーのバンガローへ向かうことができなかった。戻ってくると、バウの義兄ラムラル・シン・ガハルワルが彼に尋ねた。「どうしてそんなに沈んだ顔をしているんだ?まるで魂が抜けたみたいだぞ。」
「大丈夫です」とバウはつぶやいた。「何ともありません。少し外に出てくるだけです。」
バウは知らなかったが、ラムラルの父マハラジ・シンは、バーバーの訪問の準備をするために、1952年11月のメヘラバードでの集まりに出席していた。ラムラルとニラデーヴィー(バウの姉)もまた1944年にサオネルでバーバーのダルシャンを受けていたが、そのことをバウには一度も話していなかった。バウは新聞で初めてバーバーの名を目にしたばかりであったが、その神聖な愛しいお方との最初の出会いが彼の胸に火を点けた。
バウは再びサーキット・ハウスへと向かった。ランガ・ラオと息子、そしてカナカダンディ博士はアーンドラへ戻る途上にあったが、ランガ・ラオの息子は出発前にどうしてもバーバーから花輪をいただきたいと願っていた。これはバーバーのダルシャンを受ける良い口実になると考えたバウは、ランガ・ラオに花輪を願う旨の書付を書いてもらい、自分がそれをサーキット・ハウスまで持って行くと申し出た。ランガ・ラオが書付を書き、バウはそれを携えてバーバーのバンガローへ向かった。
